11 踏み出す前に

 その後は大体似たような様子で、晴れや雨などの違いはあったが、東への旅はおおむね順調と言えるものとなった。

 馬の交換もほとんどうまくいった。何回かいい馬がいなかった時もあったが、その時には仕方がないので思い切ってそこでしばらく休んでから、馬を休ませてからの出発で、人間側にもいい小休止になってくれた。

 

 途中、「愉快な連中」にも何度か出くわしたが、いつもちょうど御者台にトーヤかアラン、もしくは両方が座っている時で、ちょうどいい運動不足解消の相手になってくれた。おかげでシャンタルは「疲れるようなことをせずのんびりできた」と、いつものように呑気に言う。


「さあて、もう後少しで東の港だ。この駅からだと、そうだな、あと2、3日ってところか」

「はあ~長かったなあ、すっかり尻の皮が厚くなっちまった気がする」


 馬車から降りてきたベルがげんなりした顔で痛そうに足腰をさすりながらそう言うと、シャンタルは、


「はあ~馬車の中も飽きた~」


 のんびりとそう言って伸びをする。


「そう言うんならな、次はおまえが馬車操れ」

「ちょっとならやってもいいけど、疲れるからなあ」

「とりあえず次はベルとおまえだ」

「え!」


 トーヤの言葉でその組み合わせは初めてのベルが驚く。


「どうしてもだめだったら交代してやるから、行けるところまでいっとけ」


 そうして次は珍しい組み合わせでの出発となったが、道中、ほぼベルが手綱を取りながらも、結構シャンタルも交代して2人で進められた。


 ほぼ予定通りの駅までシャンタルとベルのコンビで無事にたどり着き、


「案外いけてるじゃねえか」

「シャンタルもベル相手だと結構がんばるんだよな」


 感心するように言うトーヤとアランに、


「私はベルが大好きだからね、交代するしかないじゃない」


 シャンタルがしらっとそう答える。


「俺たちは大好きじゃねえのかよ」

「う~ん、トーヤとアランも大好きだけど、まあねえ……」


 男2人の異議ありの視線に、一応こちらも男のシャンタルが後の言葉を濁すが、


「俺は女の子だけど2人はおっさんだもんな」


 と、ベルがいらん口をはさんで両側からはたかれた。


「なんだよ、か弱い女の子だぞ! シャンタルぐらい大事にしてくれよな!」

「厚い面の皮と尻の皮しといていっちょ前のこと抜かすな」


 憤慨するベルは結局そうしてトーヤからもう一発くらう。どこへ行こうといつもの調子だ。


 ずっと辺境にある小さな駅ばかりだったが、このあたりまでくるとさすがに大きな港町に近づくことから駅も次第に大きくなってきた。

 少し長く休みを取りながら荷物を整理し、港に着いてからのことをあらためて話をする。東の港「ナーダス」からシャンタルの神域の出入り口である西の港「サガン」へ行く船はいつ出るのか分からない。定期航路があるわけではない、船主の荷の都合、事情などで必要がある時に船を出すだけだ。


「少し情報収集してくる。おまえらは休んどけ。シャンタルはできるだけ目立たないようにしろよ」

「うん分かった、馬車にいるよ」


 シャンタルが馬車に入るのを確認してから、トーヤが駅の周辺の宿や店を見に出掛けていった。

 木陰に停めた馬車の近く。休憩所のようになった場所でアランとベルの兄妹きょうだいが2人で少しゆっくりとする。


「こんな遠くまで来たの初めてだよなあ」

「ほんとだよなあ、まさかこんなとこまで来ることになるなんて思いもしなかったよな」

「後悔してないか?」

「後悔? なんで?」


 突然の兄の言葉に妹が目をパチクリする。


 あの時、東と西の分岐点の町を出てから|一月《ひとつき近く、予定通りに旅は続いたが、これからの方が本番なのだ。何が起こるか分からない旅だ。

 ベルの気持ちを聞き、お互いに確認もないままにシャンタルの神域に行くことを決めはしたが、やはり一度きちんと言葉にして確認だけはしておきたいとアランは思った。


「いや、やっぱり遠いし、普通の旅とは違うからな」

「おれは来てよかったと思ってるぞ」


 ベルが即答する。


「そうなのか?」

「うん、まあ尻は痛いけど楽しいしな」


 そう言って尻をさすりながら笑う。


「もしもだけどな……」


 アランは少しだけ間を置いてから言う。


「もしも、やっぱり行きたくなくなった、戻りたいってのなら、今ならまだ間に合うんだぞ?」

「何言ってんだよ兄貴……」


 ベルが呆れたように言う。


「もしかして、兄貴、行きたくなくなってんの? 後悔してんの?」

「いや、俺は行くって決めたからな」

「じゃあおれも一緒だよ」


 ベルはそう言ってほがらかに笑う。


「おまえはさ、まああっち行って、その、本当は会いたくないって人もいるんじゃねえかと……」


 あの時聞いたベルのトーヤへの淡い想い、それがやはり気にならないことはない。


「なーに言ってんだよ、おれは会いたいって言ってるじゃん」

「本当にそれでいいんだよな?」

「女に二言にごんはないからな」


 茶色の髪の少女がそう言ってケラケラと笑う。


「ならいい……」


 アランがそのまま黙る。


「なあ、兄貴、何心配してんだよ」


 ベルの方が今度は心配になってきた。


「ぶっちゃけ言うけどな」

 

 アランが真面目な顔でベルを正面から見て続ける。


「俺は、おまえには一日も早くこんな生活から足を洗ってまともな生活をしてほしいんだよ。それがな、なんだか分かんねえ道に踏み出して正反対に、その日がどんどん遠くなるように思えてな。そんで一応確認しときたいと思っただけだ」

「兄貴……」


 初めて聞く兄の本心であった。


 「金貯めていつか店でも持とう」と兄はよく言っていた。ベルもいつかそうなればいいな、と漠然ばくぜんとは思っていたが、そんな真剣に言われたのは初めてだった。

 いつも冷静な兄の、なんだか見てはいけない心の中を覗いたようで、ベルは少し心が苦しくなった。

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