12 成長
「兄貴、心配してくれてありがとな。でも、おれは大丈夫だから」
少し陰を従えた兄の顔に妹がにっこりと笑って言った。
「それにな、まともな生活って、それどんな生活だよ」
「どんなって、まあおまえが女らしく成長して、そのうち大事な誰かと結婚でもして、子どもでもできて、そういうやつだよ」
「それがまともかー」
聞いてぷーっと吹き出す。
「何がおかしいんだよ」
「いやな、だって自分でも想像できねえもん、そういうの」
アランが小さくため息をつき、目を伏せて言う。
「おまえ、トーヤの嫁さんになってやってもいいって思ったって言ってただろうが。俺な、それ聞いてびっくりしたけど、それであらためて思ったんだよ。こいつにそういう生活させてやりたいってな。あの時はおまえの本心、シャンタリオに行きたいってのには嘘はなかったと思う。だけどな、こうして東の端まで来て、今ならまだ、おまえだけでもこっちに残してやることもできる。そう考えちまったんだよ」
「兄貴、それ、おれに1人で残れって言ってんのか?」
ベルは口調は静かなものの、朱に染めた顔に怒りを浮かべた。
「それ、その方がひどいってこと分かってんのか? 分かって言ってんのか?」
「まあ落ち着け。そういうこともできる、って言ってるだけだ」
「だよな? 本気じゃねえよな? 本気だったら怒るからな……」
アランが冷静に妹をなだめ、ベルもやっと自分を押さえる。
「だったらいい……もう変なこと言うなよな」
ベルはそう言って怒った顔のままでアランから目を反らせたが、ふっと顔を少し上げて表情を緩めると、
「でもな、案外あっち行ったら見つかるかも知れねえぜ」
そう言い出した。
「見つかるって何がだよ」
「いい婿さんだよ。そんで、兄貴にもいい嫁さんな」
「おまえな……」
突拍子もない言葉にアランは目をむくが、ふうっと一つ息を吐いてから片頬で笑った。
「ま、そういうことだからな、あんまり気張らずにいこうぜ? トーヤが、じゃなくて、トーヤがダルのじいちゃんからの受け売りでよく言うだろうが、後で笑い話にすりゃいいんだよ、うん」
「そうか、うん、そうか……」
アランはずっと守ってきていたはずのベルにそう言われ、初めて妹の成長を感じた。そしてずっと小さな子どものままだとばかり思っていた妹が大人になりつつあるのを実感し、さびしさも感じていた。
「それじゃあ、このまま海を渡る、でいいんだな?」
「当然だろ」
ベルがフフンと、いつもような得意そうな顔になる。
「後は船に乗っちまえば一月ほどでシャンタリオなんだろ? 楽勝だぜ、これまでの馬車地獄に比べたらな」
と、少し痛そうに尻を
アランはその姿にまだまだ残る子どもっぽさを見て安心すると、ちょっとばかりからかうように言う。
「まあな、たしかにな。だけどな、今度はずっと海の上だぜ? 船酔い地獄が待ってるかも知れんし、シャンタルが言ってたように風呂にも入れないからそれは覚悟だぜ」
「げ!」
うーむ、とベルが腕を組んで長考に入ったが、
「やっぱ、それはちょっと嫌だな。兄貴、どうする? 行くのやめる?」
しばらく考えてようやく言ったのがそれだったので、アランは思い切り笑った。
「なんだよー嫌だろー? な?」
そう言うのにアランが何も答えずに黙って笑い続けていたら、
「どうしたの、何笑ってるの?」
そう言ってマントをかぶった精霊がやってきた。
「起きたのか?」
「なんで寝てたって分かったの?」
「聞かなくてもシャンタルのやりそうなことは分かるって」
もう三年の付き合い。言うまでもないことだ。
「そうなの? 日陰が動いたからかなあ、暑くなって目が覚めた」
「おいおい、馬車置きっぱは危ないって、ちょっと俺引いてくる」
ベルが急いで馬車へと走る。言われた御本人は何を言われても何も感じないように、
「ベルはよく働くなあ」
その
「シャンタルはほんっとに変わんねえなあ」
そう言って珍しくアランが大きな声で笑う。なんだろう、いつもと変わらないことににすごくホッとした、そんな気がした。
「そう?」
「ああ、初めて見た時はなんてきれいな、なんてすごそうな魔法使いなんだって思ったもんだけど。なんつーか、あんな話聞いた後では納得できるような、納得できないよな、だよな」
「そうなの?」
相変わらず何を言われても変わらない。
「なあ」
アランは思い切ったように聞く。
「シャンタルは、あっち戻ったらその
「その後?」
「そうだ」
「その後ねえ……」
出過ぎたことだとは分かっている。だが気になる。この元、いや、正確には今もまだ神様のままのやや理解不能な仲間が何を考えているのかが。
いつも冷静なアランにしては珍しく、感情からシャンタルにそんな質問をぶつけたのは、ベルの成長を目にして感傷的になっているのかも知れない。
「うーん、考えてないな」
なんとなく予想通りの答えにがっかりするようなホッとするような、そんな気にはなった。だがやはりもう一言聞かずにはおられない。
「それでいいのか?」
「何が?」
「いや、だっておまえさ、あっち戻ったら死んでることになってるんだぜ?」
「ああ、言われてみればそうなるんだね。う~ん、そうだよねえ、生き返った方がいいのか、死んだままの方がいいのか、そこは考えるところだよね」
そう言って花のように笑う姿に、らしいが、あまりにらし過ぎる回答にアランはなんだか脱力してしまった。
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