13 ラストスパート

「俺、心の底からトーヤは偉い、と思うわ……」

「ん、どうしたの?」

「いや、いい……」


 がっくりと力を落とすアランにシャンタルが不思議そうに聞くが、なんとなく説明するのもめんどくさかった。アランはため息をつきながら続けた。


「偉いってか、苦労のほどを思い知るっつーか、それすらもできんな……五年間、どうしてたんだよ、トーヤ……」

「トーヤ? トーヤもあまり変わらないね、あっちで会った時からあんな感じだよ」

「そうですか……」


 会話が噛み合ってるような噛み合ってないような……


 考えてみれば、この三年ほどの間ずっとこうだったのだが、あまり自分たちから会話を切り出すことがないアランとシャンタルでは、さほど違和感を感じたり困惑したりすることもなかったのだろうな、とアランは思う。


「その意味ではベルも偉いか……」

「ああ、ベルは偉いよね、いつも明るくて、働き者で、見てるだけで元気が出る」

「そうか、ありがとな」

「シャンタル、馬車放りっぱなしはだめだって」


 そんな会話と言えるのかどうかも疑問なやり取りをしていたら、ベルが馬車を引いて戻ってきた。


「盗まれたらどうんすんだよ。何しろこの馬車はおれたちの虎の子全部注ぎ込まれた、超! 超! 高級馬車なんだからな!!」


 ベルの顔が思い出し怒りに歪み、言葉にしなくても「エロクソオヤジ」が浮かぶ。


「そうだね、いい馬車だね。寝ててもあまり体が痛くならなかったね」

「いや、尻痛かったぞ」

「それはベルが柔らかいからだよ」


 シャンタルがニッコリ笑うとベルが恥ずかしそうにする。


「そ、そうかな。でも面の皮も尻の皮も厚いってトーヤの野郎が」

「誰が野郎だ」


 言うなり後ろから張り倒される。


「いってえな!」

「どうやら後ろ頭の方が柔らかいらしいな」

「てめえ、馬車の恨みは永遠に忘れないからな!」


 言われてさすがにトーヤがちょっと引くが、


「うるせえなあ、必要だって言ってんだろうが。まあいい、聞いてきたが、どうやら近々あっちに行く船が出るみたいだぞ」

「本当か!」


 すっかりさっき言った恨みを忘れたように言うベルにちょっとホッとした。


「ああ、まだ少し日にちがあるらしいが、急ぐにこしたことはない、食いもん仕入れてきた、これ食ったら行くぞ」


 時刻は日が一番高い午後の真ん中あたり、シャンタルが言ったように日陰を離れると日差しが差し込むような頃だ。


「今夜は夜通し走るが、次の駅に元気な馬がいるかどうか分からんからな、交換の話もつけてきた。食ったら馬交換してくる」

「おじさんもよく働くなあ」


 シャンタルが笑いながらそう言った。


「あ? なんだ、誰かさんが人のことおじさん扱いしてたか? あ?」


 トーヤがじろりとベルを見るが、


「違うよ、ベルが働き者で偉いなって話だったんだけど、おじさんもだなって私が思っただけ」

「おまえなあ、生意気なガキの真似すんじゃねえよ」

「あはははは」


 シャンタルが声を上げて笑う。


「シャンタルは張り倒さねえのかよ」


 ベルが不満そうにぶうぶう言う。


「るせえな、おまえももう分かってるだろうがよ、そんなことしたら痛い目に合うだろうが、あ?」

「なんだよ、自分が痛いの嫌でやらねえのかよ。根性ねえな!」

「おまえの方が張り倒しやすいしな」

「ひでえ! 兄貴ー!」

「いや、俺も張り倒しやすい」

「ひ、ひでえ……」

「大丈夫、私は張り倒さないからね」

「あ、ありがとう……でいいのか? え? なんかおかしいよな? 張り倒すの前提? それで張り倒さないシャンタルにありがとう? 納得できねー!」


 天に向かって身の不幸を嘆くベルを見て3人が笑う。


「そんじゃ馬行ってくる」

「いってらっしゃい」

 

 トーヤは馬を連れて行くとすぐに戻ってきた。元気そうな体力のありそうな馬だった。


「よしよし、頼むぜ」


 馬を馬車につなぎ、


「俺とシャンタルかな。次は適当にまた交代する」

「お昼に御者台は暑いのになあ」

「頭からマントすっぽりかぶっとけ……はっ!」


 軽快に馬車は走り出す。


 この先、港から船に乗ってあちらに着けばどんな運命が待っているのか分からない。だが、それでも4人で一緒だという事実がトーヤの心を軽くした。

 思えば、こちらに戻った時は、まだ成長途中、今よりもっと意味不明なシャンタルを連れて2人きり、どう考えても普通ならしなくていいような苦労をしたものだ。


「それから思うとあいつら来てくれてよかったよなあ」

「え、何?」

「いや、なんでもねえ」


 自分が守ってやってたつもりのアランとベル、知り合った頃にはどちらも本当に子どもで「また厄介な荷物が増えた」とばかり思ったものだが、今となっては心強い仲間になってくれた。


「いい拾いもんしたな」

「え、何?」

「いや、なんでもねえ」

「そうなの? 独り言が多くなるのも年取った証拠だって言うよ」

「おまえも言うようになったよな」


 そう高らかに笑うとトーヤは「はっ」と馬の足を早めた。


 そうして次の駅でもまた元気な馬に交換でき、夜も交代で走り続けたからか、3日ほどかかると思われた道程は1日半ほどで駆け抜けられた。

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