9 神と魔法

「そうか……」


 アランはトーヤの言葉にそれだけ答えると、また馬を走らせ続けた。


 トーヤのこういうところなのだ。

 アランはトーヤをとてつもなく優しいやつだと思う。


 トーヤは長い話をしながら、


「なんで俺なんかを選んだのか分かんねえけどな」


 みたいに何度か言っていたが、アランにはなんとなく分かった気がする。


 聞けば聞くほどトーヤの生まれも育ちも過酷である。一歩間違えば、いや、間違えなくともさっきの盗賊たちと同じように、罪もない人を傷つけ、あやめ、そして奪う立場になっていてもおかしくない。


 らなければられる。


 そんな世界にずっと身を置きながら、なぜだかトーヤは穢れていない、そう感じる。


 そしてその反面、ものすごく恐ろしい人間だとも思う。

 

 自分の命を守るためはもちろん、シャンタルやベルが手を汚さぬよう、そうなりそうな場面になれば、情け容赦なくその剣を振るう、一瞬のためらいもなく相手の生命を奪う。


「思えば神様ってのもそういう感じか」

「ん、なんだ?」

「いや、神様はこええなあ、って話だよ」

「なんだよそりゃ」


 そう言って軽くトーヤが笑い、


「まあ、シャンタル見てたら、神様ってこういうのかなあって思わねえでもねえけどな」


 そう言う。


「そうかも知れねえなあ」


 アランにもなんとなく分かった気がした。


 あの時、ベルが,


「神様がいるなら俺らみたいなかわいそうな子どもいるわけねぇ」


と言ったことに、自分は,


「神様はなんも考えてねえんだよ」


と言った。それはそれほど真実と遠く離れてはいない答えだった、とあらためて思う。


「シャンタル、あいつ、治してやれるから平気でケガさせるんだよなあ。俺らだったら、治してやれねえからケガさせるにしても考えてからさせるってもんだ」

「そうだな」


 アランのつぶやきにトーヤが答えた。


 シャンタルはケガをさせようとしてさせているわけではない。シャンタルが言うには、あれは、


「悪いことしてこようとする人は痛くなるように」


 と、思うのだそうだ。


 そしてその力を自分の周囲に張り巡らせ、悪意のある人がそこに入ってこようとすると、


「勝手に痛くなる」


 のだそうだ。


「そのへんが違うんだよなあ。俺らの場合は、どうしてやろうってこっちの意思でやるわけだが、あいつのは違う。何かしてる意識がねえんだよなあ」

「そうなんだよなあ、困ったもんだ」


 結果として攻撃してくる人間が「痛い目に合う」結果は変わらない。だが本質が違う、決定的に違うのだ。


「その力ってのは、魔法って呼んでいいもんなのか? なんか、どっちかってと天罰みたいに見えねえこともないよな」


 アランがふと、そういう疑問を口にする。何しろシャンタルの中にはまだ神様が入っている。その神の力が下す「お仕置き」というのは「天罰」ではないのか。そう思えた。


「アルディナの中心にあるアルディナ神殿では、魔法を禁じてるって知ってるか?」


 トーヤがそう聞いてくる。


「へ、そうなのか?」

「うむ、そうらしい」

「でも魔法って、俺はまあ使えねえが、あっちこっちに転がってねえか?」

「まあ有名無実ゆうめいむじつらしいが、一応禁止はされてる」

 

 文明や科学、医学が進んだ中央あたりでは、何かあるとそれらを使って解決するが、辺境に行けば行くほどそんなものはなくなる。そんな地域で例えば病気になったとしても、まじないで治すとか、迷信に頼ったりする方が生活に根ざした処方になるものだ。


「だもんでな、どうやっても魔法はなくならねえんだよな」

「へえ……じゃあ、なんで神殿は魔法を禁じてるんだ?」

「それがな、俺も聞いた話だが、なんでも神様の力と魔法は違うからだそうだ」

「よく分かんねえな」

「俺もな、聞いたことだけだから本当のことは分からんが」


 そう言ってトーヤが聞いた話をまとめると、こういうことらしい。


 アルディナ神の加護の力は、神殿に君臨する「聖神官せいしんかん」や「大神官だいしんかん」を通じて神が人に与える力だが、魔法はこの世界の力を人間が勝手に使っているもの、なんだそうだ。


「なんだそりゃ?」

「さあ、俺もよく分かんねえ」


 そう言ってトーヤが笑う。


「分かんねえなりに色々考えてて思いついたことが、ラーラ様が言ってたことだ」

「はえ?」

「運命は知らない場所へ行くことだ、ってやつだよ」

「ああ、あれな」

「その時、道を歩いてる人間は、天の神様からは見えてるわけだ。つまりな、神様ってのは俺らより上にいる。神様の世界ってのは人間の世界より上ってことなんだろな」

「はあ、なるほど」

「でも魔法ってのはこの世界にある力で、それを人間がどうやってか使ってるってわけだ」

「あ~そういうことか」

「だからな、勝手にそんな力使うなってことになるんじゃねえの?」

「なるほどな」


 2人で勝手に納得する。


「あいつは一応神様だから、本当はその神様の力、なんでもアルディナ神殿では『神力しんりき』とかって呼んでるらしいが、まあその力を使ってんだよな、多分」

「そうなるのかな」

「けどあいつは上にはいねえだろ?」

「ああ、俺たちと一緒に地べたにいるな」


 アランの言葉にトーヤが笑う。


「地べたか、いいな、それ。まあその地べたでその神様の力を使うってのは、それはもうどっちの力だ?」

「うーん……」


 アランが考えるが答えは出ない。


「分かんねえだろ? だからもう、魔法でいいんじゃね?」

「適当だな」


 そう言って2人で笑い、魔法でいいかと結論を出した。

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