8 守る理由
「ふう、疲れた……」
そう言って首をぐるぐる回しておいてシャンタルが、
「でも可愛そうだから傷だけ治しておいてあげるね」
そう言って倒れている男たちに近づくと、両手をかざし、ぱあっと何か温かいものを降り注いだ。
「はい、終わり、これに懲りたらもう悪いことしちゃだめだよ?」
めっ! という顔をして見下ろすと、さっき痛い目に合った時より、今、ほんの短時間でケガが治ったことの方が恐ろしいようで、声も出せずにブルブル震えている。
「分かった? 返事は?」
何も言えずに震え続けるのに、
「返事は?」
少し大きな声でもう一度そう言われ、
「は、はい!」
1人がようやくそう言うと、周囲の仲間と連れ立って
「終わったよ」
シャンタルがそう言って御者台にドサッと身を投げ落とすように座った。
「はあ、ああいう魔法疲れるから嫌なのに」
「おつかれさん」
「治すのは全然なんともないんだけど、痛くするのはすごく疲れる」
「不思議だよなあ、普通は直すより壊す方が簡単なもんなのにな」
アランがそう言って笑うと、
「そりゃシャンタルは元々が慈悲の女神だからな」
と、馬車の中からふいっと顔を出してトーヤが言う。
「なんだ、起きてたんなら来てくれたらよかったのに、疲れた」
「あんだけ騒がしけりゃそりゃ目も覚めるだろうが。それに行こうかなと思ったらもう終わってたし」
「そりゃどっちでもいいが、トーヤ、慈悲の女神だからってのは?」
「ああ、こいつは治すのが専門だ、昔っからずっとな。リルの
「うん、すっごく疲れた。だから寝るから交代」
「しょうがねえなあ」
よっ、と声をかけて馬車から出てくると、シャンタルを交代に押し込み、自分が御者台に座る。
「休まなくて大丈夫か?」
「ああ、もう十分休んだ」
「そんじゃもうちょっと馬を休ませたら行くか」
そうしてしばらくしてから暗闇の中をまた走り出す。
「すまんな暗い中、もうちょいがんばってくれよな」
トーヤが馬の首をどうどうと軽く叩く。
「少しゆっくり行こう、こいつも疲れてるからな。そんで次の駅でまた元気なのと交換してもらおう」
月夜に照らされて足元は結構明るい。馬も落ち着いていて、一生懸命ではなく、そこそこ早足で駆けてくれている。
いつ誰が作ったものか分からないが、言い伝えによるとまだ神がこの地上にいた頃、あまねく人がその世界を広げられるように、と作られたと伝えられる立派な石畳の道は、辺境の地まで世界をつないでいる。その道を馬車は快適に進んでいた。
そうして男2人が並んで、あまり口も開かず月の光に照らされていると、
「なあ」
いきなりアランが話しかけた。
「なんだ」
「さっき言ってたことな」
「さっき?」
「ああ、治すの専門ってやつだ」
「ああ」
「あれってやっぱり神様の力ってやつなのか?」
「そうなんじゃねえの? 俺もよくは分からん」
「そうか」
トーヤとシャンタルがこちらに、「アルディナの神域」に戻った時、戦場で働くことになった理由の何割かはシャンタルの力のせいだった。
「何しろ最初のうちははあんまり制御できなかったからな。あっちこっちで爆発しそうになるので、止めるのに苦労したぜ」
「そうだったのか」
「ああ、けど戦場ならケガするやつはごった煮にするほどいるからな、癒し放題だ」
トーヤがそう言ってカラカラと笑う。
「えらい理由で傭兵やってるもんだ、そんな理由でやってるやついねえぞ」
「ああ、まったくだ」
「そんでシャンタルの手は汚させねえようにしてんだな」
「おまえがベルにそうしてるようにな」
トーヤたちがアランとベルに会った時、すでにアランは傭兵になっていた。彼らの兄がそうしてくれていたように、アランはその手を血に染めて妹と自分を守っていたのだ。だからトーヤもアランには、自分と同じ道を進んでも生き抜けるように、傭兵としての技術や経験をできる限り教えこんできた。
だが2人とも自分の相棒、トーヤはシャンタル、アランはベルには絶対に人の命を奪うようなことはさせないと決めていた。特にそうだと話をしたこともないが、互いの言動を見ていて自然に理解した。もちろん場所が場所だけに、それはなかなかに難しいことではあったが、いつの間にやら暗黙の了解として助け合い、今のところは成功してきている。
なので、アランが初めてそのことを口にして、トーヤは少しばかり驚いた。
「俺がベルにそうしたいのは、いつかあいつがまともな生活に入れるように、そう思ってだったんだが、なんであんたがシャンタルにそこまでしてるのか、正直不思議だった。あいつが俺たちみたいに普通にどこにでもあるような理由でこの世界に入ってるとしたら、そうする方が自然なのにってな。特にあいつみたいな力を持ってるやつは、それ使って生き残る方が楽だし」
聞いてトーヤが笑う。
「あいつはまだ神様のままだからな。あいつが自分の意思で手を汚すなら俺もそれは止めねえ。けど、神様の力でさも当然のように汚れちまって、人に戻った時に悔やむのだけはやめさせたかった」
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