5 死神と呼ばれる男

「あの、なんとかならないでしょうか。今はもう、こちらにお参りすることだけが、奥様のお慰めになる、私はそのような気がしています」

「そうなのですか」


 神官が少し考え込む。


「私の一存ではなんともお答えしかねますが、神官長に相談の上、何か良い方法がないか考えてみます。少しお時間をいただけますか」

「はい、はい、もちろんです」


 ベルは座ったまま、できる限り深く頭を下げる。


「ご主人に、奥様に知られたくはないのですね」

「はい、できましたら」

「ううむ」


 連絡方法も考えなければならないようだ。


「分かりました、ではお昼過ぎにもう一度ここにお越しください。その時までになんとか何か神官長のお話はさせていただけると思います。その時刻までに無理だった時には、そうですね、また明日の朝、申し訳ありませんがこの時刻にここにお越しになれますか?」

「はい、はい、もちろんです」


 そう答えながら、ベルは心の中で盛大に舌打ちをしていた。


(冗談じゃねえ、毎朝毎朝この寒いのに暗い中、こんなとこまで来いってのかよ、今日中に頼むぜ、今日中にな!)


 およそ侍女とはこの世の果てまでかけ離れた感想を持ちながら、顔だけはうるうると感激した侍女を演じる。


 そうして、まだ暗い中を何度も礼を言いながら自室へと戻っていった。


「帰ったぜ」


 フンッとふんぞり返るようにソファに腰を下ろし、ベルがはあっと息を吐く。


「まったく、遠いし寒いし眠いし、まったくよお!」


 ベルがエリス様に与えられた部屋に戻ったのは、まだ1つ目の鐘が鳴る前であった。


「思ったより早かったな、おつかれさん」


 まだ緋色の戦士の扮装をしていないトーヤがそう言ってねぎらう。


「あー疲れた疲れた、ほれ、足もんで、足。冷えた」


 ベルがここぞとばかり、偉そうにそう言って、侍女のスカートから膝下までをひょいっとトーヤに差し出す。


「おま、女の子がはしたない!」


 急いでアランがスカートを引っ張り、頭を思いっきりはたいた。


「いで! なにすんだよ兄貴!」

「はしたないだろうが!」

「なんだよ! 一仕事終えたんだからそんぐらい言わせろよな!」

「言うだけにしろ!」


 朝っぱらから兄妹きょうだいげんかが始まりそうになる。


 そんな2人を見て奥様ことシャンタルがクスクス笑い、


「トーヤもベルの足ぐらいもんでもいいと思うけど、アランが言うことももっともだね。とても侍女のふるまいではありませんことよ?」

 

 と、からかった。


「ちぇっ、しゃあねえな、奥様がそう言うならやめとくよ」


 それでアランも気持ちを収め、3人がベルの報告を聞く。


「ってことは、昼にまた来いってのか」

「そうだよ。そんで間に合わなかったらまた明日だとさ、めんどくせー」

「まあ、そう言ってんなら行くしかないな。それより、そろそろ部屋へ引っ込むとかしとかないと、今朝の当番はアーダだろ、2番目の鐘が鳴る頃に来るぞ」

「ほんとだ、整えとかないと」


 侍女たちは自分たちは1番目の鐘で目を覚ますらしいが、2番目の鐘からそれぞれの受け持ちの部署で仕事を開始できるように支度をする。


「朝早いよなあ、一番目の鐘ってさ」

「そうだな」

「えらいよなあ、アーダもミーヤさんも。そんな早くから起きて働いてさあ」

「そうだな」


 ベルの独り言になんとなくトーヤが答えている。


 傭兵暮らし、戦場暮らしをしていると、それこそ時間なんぞあってもないようなものだ。

 一応古くからの慣例として、戦闘は夜明けから日の入りまでと決まってはいるものの、夜討ち朝駆けなど当然のことだ。どこも自分が勝つことに必死なのだから無理もない。


 それでも一応はその決まりはなんとなく守られてはいる。

 ある日の日の入りの時、これでもう明日からの戦いは続けられない、そう判断した片一方が戦場からとっとと逃げ出してその戦は終わり、そういうことが結構ある。

 そうなると残された方が勝ちだ。戦場に残った戦利品などがあれば拾ってそれも持って帰って実入りの一つにする。そのさらに残りを「戦場稼ぎ」をやっている子どもたちなどが拾って生きる糧にする。

 中には戦が完全に終わっていない戦場で、夜のうちにそんなものを拾って回る者もいるが、敵の夜討ちと間違えてやられることもある。命がけだ。


 そしてとことんまでやるならば、どちらかが全滅するまでが戦の終わりだ。

 その戦いの一番の親玉、どこぞの王族だの首長だの貴族だの、なんだかそういう者と、それに付きしがたう臣下たち、そういった者たちは、最後の最後まで命をかけ、もしくは捕虜になって戦えなくなるまで戦い続けることを望む者も多い。

 だが、トーヤたちのような傭兵はあくまで金で雇われているだけ、できる限りのことはするが、そういう親玉に当たってしまったら、できるだけ「引け時」を見極めて、その場から逃げるに限る。


 ただそれも、あまりに早くに逃げ出すと「あいつは信用できない」と次からは仕事をもらえなくなる。見極め時が大切だ。

  

 その点でトーヤは、何度も全滅する部隊にいながら一人だけ生き残ったり、負け確定の部隊が勝つようにひっくり返すまで残っているもので、「死神に見放された男」や「死神」などという不吉な二つ名をいただきながらも、信用が高かったのだ。

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