6 いつものこと
「まあ、決まった時間に起きて決まった時間に決まったことやって決まった時間に寝る、なんてこと、おれらには縁がない生活だったしな。それにしてもえらいよ、ほんと」
ベルが自分たちとの生活と比べてそう素直に感心する。
「さあて、そろそろひっこむか。アーダが起こしにきたら侍女はいつものように先に起きてきて、一緒に飯の用意な」
「うえっ、そういやそうだった! なんだよーおれ、こんな早くから働いてるのにまだ働かなきゃなんないのかよ!」
「つべこべ言わずにお仕事お仕事。アーダはえらいんだろ?」
「そりゃそうだけどよ」
そうしてトーヤたちは部屋へ戻り、時間まで一寝入りすることにしたが、一番に起きなければいけないベルは寝る時間もないと、ぶうぶう言いながら形だけ部屋へと戻った。
早朝、いつもと違う出来事があった日だが、いつもの時間にはいつものようにアーダがやってきて(ミーヤの当番の日はミーヤが来るが)一日が始まり、いつものように午前の時間が過ぎていった。
いつものようにと言うが、いつも何か決まってやることがあるわけではない。エリス様は基本、何もなさらずぼーっとなさっているし、侍女のベルもそれに付いているだけだ。
ベルはアーダがいるとアーダとおしゃべりなどをし、時にエリス様もそこに混じる。エリス様はアーダがいる時には何も口にしないので、アーダがそのあたりに気を使いながら、適度に抜けてゆっくりさせてくれているのもありがたい。アーダがいなくなり、仲間だけになるとだらっとして気を抜けるのだが、あまり動かずおいしいものばかり食べているので、太りそうだとそれが一番の心配ぐらいか。
アランはそれなりに宮の中を散歩と称して見て回りながら土地勘をつけ、トーヤに教えられた隠し通路の場所を確認したりもしている。時に手慰みと称して、前の宮の、交代の時には人がたくさん詰まっていた例の中庭で軽く素振りなどをしている。
元々が気さくな
トーヤは、ケガをしているという前提があるので、アランほどとっとと歩いたり鍛錬したりはできないが、歩く訓練の振りをしながらやはり宮を見て回る。
喉を痛めて話せないという設定と、やや気難しそうな振りをしているので、衛士や侍女たちにも軽く会釈をするだけだ。
時折ミーヤともすれ違ったりするが、ミーヤは部屋の係なので、一応手を貸してくれたり、声をかけたりしてくれる。そしてその時間が、安らぎであったりもする。
そんな風に「いつもの」時間を過ごし、いつものように昼食を食べた後、今日はベルがちょっと散歩に行くとアーダに言った。
「この間神殿まで伺いましたでしょ、それで、あそこまで少し足を伸ばしてみようかと」
「まあ、そうなのですか」
「あの」
少し恥ずかしそうにベルがアーダに言う。
「ずっと動くことがないでしょう、そしておいしいものをいただいてじっとしているものですから、少し、あの、太ってまいりまして」
「まあ」
侍女は贅沢もせず、体も動かしているのでそんな心配はまずないと言っていい。だが個人差や体質もあり、そこそこ年輩の侍女になると、やはりふっくらとしてくる者はいる。そして王宮や貴族には、そういう者がごろごろして、皆、太るのを気にしているらしいと聞いてもいる。
「それで、少し、あの、運動を兼ねて遠くへ行ってこようかと思います」
「お一人で大丈夫ですか? ご一緒しましょうか?」
「いえ、ちょっと一人でゆっくりと回ってまいります」
「そうですか。もしも必要なら、またおっしゃってくださいね」
「はい。また慣れましたら、おしゃべりでもしながらご一緒してくださるとうれしいです。今は建物や彫刻などを見せていただきながら、ゆっくりと歩くことから始めようと思います」
「そうですか、それがよろしいですね」
「その間、奥様をお願いいたします」
「承知しました」
と、散歩の口実をつけてベルは一人で部屋から出た。
神殿との関わりによると、これからこれも「いつものこと」の一つになるもかも知れない。そう思うと正直「めんどくさっ!」と思うのではあるが、元々が外で活動的にする方が好きなベルだ、一人で出歩けるのが少しうれしくもあった。
(もっとも、楽しいことになるなら、だけどな)
そう最後に付け加えるのは忘れなかったが。
神殿に着くと、入り口に今朝と同じ神官が2名立っていた。
(もしかして、今日一日ここにこうして立ちっぱなのか?)
少し心配しながら頭を下げると、朝と同じ左側の神官に手招きで来るようにと呼ばれた。よかった、話がついたようだ。これで明日の朝もこそこそ来る必要はなくなった。
今朝と同じ部屋に案内されながら、
「あの、もしかして、今日は一日あそこで立っていらっしゃるのですか?」
そう聞くと、神官は笑いながら、
「いえ、交代していますよ。さすがに神もそこまで苦行をお求めにはならないでしょう」
と、ベルが心配してくれたことを分かってそう答え、
「私はあなたをお迎えするのにもう一度あそこに戻っただけです。心配してくださってありがとうございます」
そう言って頭を下げてくれた。
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