8 役割が終わる時

 アランが表情を曇らせたまま続ける。


「あんな小さい子、たった8歳の女の子、おまえは神様だから残れって、家族全部取り上げて、これからは誰が後ろ盾になってくれるのかも分かんねえ場所に置いていくのか?」


 トーヤもベルも言葉をなくした。


「そうか、そうなる、のか」

「なのか、な」


 確かにそうだ、アランが言う通りだ。

 

「トーヤらしくねえよな」


 珍しくアランが非難するような目つきでトーヤを見て言う。


「浮かれるのもいい加減にしろよな、本当、トーヤらしくねえ」

「すまん」


 ごもっとも、返す言葉もない。


「まあ気持ちは分からんでもない。だが、ちょっとだけ落ち着いてくれ」

「分かった」


 アランの言う通りだ、いつもの自分だったら、ベルと一緒になってこんなことで浮かれて喜ぶようなことはしない。

 

「じゃあ、だったら小さいシャンタルはどうすりゃいいんだ」


 誰にともなく言う。


「一緒に連れて、ってわけには……」


 ベルが言うが、


「そういうわけにはいかんだろ?」


 アランが否定した。


「じゃあ、どうしろって……」


 「仕事」だと割り切れば、シャンタルを割り込ませて人に戻してさえしまえば、後はマユリアやキリエ、ラーラ様のことは考えなくていい。というか、シャンタルのことすら考えなくていい。


「俺の仕事は、シャンタルを連れて戻って人に戻すまで、だったはずだ……」


 そこまでを終えたら残りの金をもらい、とっととこの国から出ていけばいい、それだけの話だ。


 だが……


「もう、そんじゃ終わらねえようになっちまってるからなあ……」


 あまりにもこの国と、この宮の人と深く関わりすぎた。何より今ではシャンタルは仲間だ、一緒に戦場を生き抜いてきた仲間なのだ。


 どうすればいいのか。

 どうするのがいいのか。

 答えが出ない。


「私は」


 いきなりシャンタルが口を開き、3人が驚く。


「みんな、一緒に行かないと思うよ」

「え?」

「マユリアも、ラーラ様も、キリエも」


 相変わらず奥様の姿、「エリス様」の姿、「中の国の上流婦人」の姿のまま、絹に包まれたままで中の様子は一切分からない。その声から何を考えてるかも分からない。


「なんでだ?」

「みんな、この国の人間だからね」

「この国のって?」


 ベルが聞く。


「言ったままだよ。みんなシャンタリオの人間だからね」


 3人が静かにシャンタルの言葉に耳を傾ける。


「あなたの選んだ道に、選択に、何があろうと従います。それが、たとえあなたが死ぬことになる道だとしても、それがこの国の、この世界の滅びの道に続いていたとしても」

「え?」

「ミーヤの言葉だよ」

「ミーヤの?」

「うん」

「なんでミーヤが……」

「トーヤに沈めって言われた後のことだよ」


 シャンタルが抑揚よくようなく言う。


「あの時、もしも私が沈まない、託宣には従わないって言ったら世界はどうなっていたんだと思う?」

「え?」

「本当に滅びの道を進んでいたのかな?」

「それは……」


 トーヤには分からない。

 答えられない。


「どうぞシャンタルとして正しい道をお選びください。人のシャンタルとしてではなく、神たるシャンタルとして」

「……それも、ミーヤの言葉か?」

「うん」


 ベール姿の人影がこっくりと頷く。


「ミーヤにそう言われて、その前にはトーヤにもマユリアたちは私を助けるために沈めようとしてるって言われてた。そして私はその言葉を信じることにした。湖に沈むと宣言した」


 人の言葉ではないような、どこにあるか分からぬ深淵から響く声のようだ。


「それは、人としてではなく、この国の神としてした選択だった。そしてマユリアもラーラ様もキリエも、ミーヤも、みんなこの国の人としての選択をした。それが今につながっている。誰もみな、この国の者としての選択をしたんだよ。これからもずっとそうだと思うよ。みんな、自らの運命に従うのみ」


 3人に静かにそう告げるシャンタル。


「だから、みんなはそれ以上のことは何も考えなくていいと思うよ」

「どういう意味だよ?」


 ベルが思わず聞く。


「うん、仕事が終わるまで、そこまでがトーヤの役割で、それを手伝うって決めたアランとベルの役割なんだよ。だから、仕事が終わったら、報酬をもらってこの国から出ていけばいい、その後のことは気にしなくていいんだよ」

「どういう意味だよ……」


 同じことを聞くベルの言葉。だが含まれる思いは違う。


「どういうって、そのままだよ」

「つまり、おれたちは仕事が終わったら用済みってことか?」

「そうだね、言い方はよくないかも知れないけど、意味するところはそういうことだよ」


 ガタン!


 ベルが音を立てて立ち上がり、シャンタルに近づくと、奥様のベールをひっつかんで言った。


「ふざけんなよ!」


 ぐいっとベールを引っ張り、ばさりと全部引き剥がす。

 シャンタルの銀色の髪に、ベールを留めるための銀の輪だけが残っている。


「おまえなあ、どういうつもりでそういうこと言ってんだよ、え! おまえはおれたちの仲間だろうが! それを捨ててけって言ってんのか? 神様だかなんだか知んねえけどな、あんまり人をなめたこと言うなよな!」

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