3 秘密を知る者たち 

「ご自分の意思ではない、そうおっしゃるのですか?」


 ミーヤがキリエに聞く。


「いいえ、そこまでは申しません。セルマは、誰かの指示で自分の気持ちにないことをできるような、そんな子ではありません。しっかりと自分の意思を持ち、その信念に従って生きる子です。ですが」


 また口を閉じる。


「ですが、その信じていらっしゃること、信念が誰かによって植え付けられていることだとしたら」


 キリエが沈黙で肯定する。


「一体、誰のどのような話を信じてそうなっているのかは分かりません。ですが、セルマはおそらく秘密を知っているのではないかと」

「え?」


 ミーヤは戸惑った。


「あの、秘密とは、どの……」


 一侍女の立場でいくつもの秘密に関わってしまったミーヤには、どの秘密のことなのかすぐには分からなかった。


「ああ、そうでしたね」


 キリエは思わず笑ってしまった。


「本当に、いくつもの秘密がありました。おまえはその全部を知っているのでしたね」

「はい……」


 中にはマユリアやシャンタルが知らぬ秘密もあるのだ。


「おそらく、セルマにそれを教えた者が知る秘密です」

「セルマ様に教えた……」


 ミーヤの頭にある人物が浮かんだ。それを見たかのようにキリエが頷いてみせる。


「マユリアがご誕生の時にはまだ今の立場ではありませんでしたが、それでも十分それを知り得るだけの立場にはなっていたと思います」


 やはりあの方だ。


「セルマはおそらく知っています。そして、それを知りながら何もせぬ者として、私を冷ややかに見ておるのでしょう」


 キリエが小さく息をつく。


「それを知ってしまったのなら、セルマなら、この国の、世界のこれからのためにと信じれば、何をしても不思議ではありません。それが、たとえ自分の道義に反することでも。それができる子なのです。本当に、よくそれを見抜き、あの子を取り込んだものです」


 感心するように言うキリエに、ミーヤも納得する。


「ええ、私も今伺ってやっと納得できた気がします。セルマ様は、そのように道に反したことを嫌う方のようにお見受けしました。それが、あのようなことをおっしゃってくるとは」


 貴族の令嬢の形ばかりの宮仕えについてのことだ。本来のセルマの気質ならば、そのような「ずる」は許さないだろう、一番嫌いそうなことに思える。


「それを、お心を曲げてまで、己に無理強いをしてまでやられるということは、やはり何か理由があるのでしょうね」

「だと思います」

「先代の秘密をご存じないとしたら、キリエ様、ラーラ様、そしてマユリアのことすら、不審に思われても不思議ではないのかも知れません」


 ミーヤが続けた。


「そうかも知れませんね」

「ですが、事実はそうではありません。それならば、セルマ様に申し上げてはどうでしょうか?」


 このままではすべてが悪い方へと進みそうな、そんな気がミーヤはしていた。


「それはできません」

「なぜですか」

「今のセルマに言っても受け入れるとは到底思えません。それに、その秘密を知ることができる者として選ばれてはいない、だからセルマは知らぬのです」

「それは……」


 キリエのその言葉にミーヤは納得するしかできなかった。


 八年前、あの海岸にトーヤが打ち上げられ、それからそこに集まった者たち、ダルやリル、そしてフェイに自分。確かに何かの力によって集められ、秘密を知ることになったとしか思えない。


 そうは思うのだ。

 だが、なぜ自分が……


「あの者たちはどこまで知っているのでしょうね」


 キリエの声にミーヤがハッと顔を上げる。


「話は聞いているようでしたが、確認はしておりません」

「そうですか」

「ですが、きっと話していると思います」


 ミーヤがきっぱりと言い切る。


「そうなのですか?」

「はい。何も話さずにここに連れてくるような人ではないと思います」


 「誰が」とは言わないが、それで通じる。


「あの3名とは深い信頼があるのだろうという気はしましたね」


 アラン、ベル、ディレンのことだ。


「はい、私もそう思います」

「ということは、あの者たちは全てのことを知っている、そう思っていいのでしょうね」

「はい、ご本人以外の方は」


 ミーヤの言葉にキリエが一瞬黙り、何事もなかったように続ける。


「そこまで深く信頼し合った仲間ということですか」

「そう感じました」

「そうですか」


 キリエがゆるやかに笑った。


「それで、侍女見習いのことですが」


 すっと侍女頭の顔に戻る。


「その年長の2名については少し対応を変えましょう」

「えっ……」


 ミーヤは意外だという顔になる。


「おまえも頑固ですね」

「え、あの」

「こんなすぐに力を失うような古い者ではなく、今盛りの権力者におもねるものですよ、大多数は」


 キリエの顔はからかうような表情を浮かべている。


「頑固もいいけど下手に敵を増やすのは得策じゃねえぞ、そう言うのではないですかね」


 キリエが誰かの口真似をしてそう言う。ミーヤはなんとなく気恥ずかしくなり、言葉を出せずに頭を軽く下げた。


「いいですか」


 諭すような口調でキリエが続ける。


「おまえは、これ以上おまえの立場が悪くなるようなことはせぬこと、それが私の願いです」

「キリエ様……」

 

 自分よりミーヤの身を案じての言葉にミーヤは胸が熱くなった。

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