2 キリエのこと 

「なんでしょうね、このような時間は随分と久しぶりな気がします」


 話の内容的には決して楽しいものではないのに、本当に心から笑い合い話ができる、確かにそんな感じであった。


 そうしてキリエは、


「ええ、そうかも知れません。それほどに何もかもに厳しい、そんな人間だと思います。そして、そのような部分は私と少しばかり似ているのだろうとも思います」


 さびしそうにそう続けた。


「あの時、まだ少しばかり年弱としよわと思う年齢で、誓いを立てたいと言い出した時、セルマらしい気もしましたし、らしくない気もいたしました。あの時、もう少し考えるように、そう言い聞かせてやめさせておれば、あれもまだ少しは気が楽におれたのかも知れません」

「キリエ様……」


 この期に及んでもまだ自分を責め、セルマのことを考えているキリエが、ミーヤには不憫にすら思えた。きっとセルマはそんなことを全く知らない。それどころかキリエのことは邪魔者としか思っていないだろうに。


 そんな顔で見ていたからだろうか、キリエがミーヤを正面から見て微笑み、


「それでも、そうして一人でもその気持ちを知ってくれる者がいるというのは、これほどに心丈夫な、心安らぐものなのですね」


 そう言った。


「キリエ様……」


 ミーヤにはかける言葉がない。


 こんなにお優しい方なのに、こんなに心を寄せてくださる方なのに、鋼鉄の仮面をかぶり続けていらっしゃるために、その下の素顔に気がつく人は少ない。自分もそうであった、とミーヤは思った。あのようなことがなければ、きっと他の人と同じく、きびしい冷たい侍女頭と思って終わっていただろう。

 だがそれは、その素顔を見破れなかった者たちだけの責任ではない。キリエ自身がその仮面をかぶり続け、分からぬようにしていたからだ。


 以前、あの時、ミーヤはキリエがどのようにしてこの宮へ入り、どうして誓いを立て、一生をシャンタルとマユリアに捧げることになったかの話を聞いた。おそらく、誰にも語ったことがないであろう話を。その道を選ぶしかなかったキリエにできる精一杯のこと、唯一のことがそれであった。

 今思うと、もしかするとその運命に対する復讐でもあったのかも知れない。「宮に捨てられた自分」が最高権力者になることが。


 幼いミーヤは故郷の神殿に出入りするうち、神官様やそのお手伝いの方のように自分も神殿で働きたい、同じ仕事をしたいという希望を持っていた。そこへ侍女の応募があり、条件に合っていたことから、おそらく選ばれることはないだろうがシャンタル宮を見に行ってみようと、割と軽い気持ちで王都へとやってきた。

 そして本人も驚いたが、国中から集められた100名もの女の子の中から、その時のたった5名の侍女見習いに選ばれて宮へ入ったのだ。


 そのように、ミーヤのように侍女になりたいと思って応募してくる者も多い。


 たとえばリルは、この時には選ばれなかったが、どうしてもどうしても侍女になりたくて、大商人である父に頼み、行儀見習いとして侍女になる希望を叶えた。


 だが、キリエのようにして宮に入ってくる者が多いのもまた事実だった。いわば「宮に捨てられる」ような形だ。


 キリエは大貴族の庶子で、最初は行儀見習いとして宮に預けられた。それが、実父が亡くなったことから家にはいらぬ者として、わずか13歳で「誓いを立てて一生を宮で過ごすように」と定められてしまった。


 フェイもそうだった。生まれて割とすぐに母親を亡くし、父親と2人で暮らしていたが、新しい母が来て新しい子が生まれると、フェイは邪魔にされて宮に入れられた。もしも侍女として選ばれなかった場合は、どこかに奉公に出してしまうつもりであったらしい。


 応募しても選ばれない可能性の方が高いが、もしも選ばれた場合、親に渡される報奨金は奉公に出す場合よりずっと高額で、しかも世間体も良い。我が子がシャンタル宮の侍女に選ばれたと胸を張れる。そのため、募集があった時、条件が合えば一応応募させてみる親も多いのだ。

 

 不要とされた子にしてみれば、侍女として一生を宮に捧げると決まることが幸せであるのか不幸であるのかは分からない。生きてみなければ分からないことだ。


 もしかすると、どこかの商家にでも奉公に出され、そこで知り合った誰かと一生を共にする、普通の家庭を持つ方が幸せであるかも知れない。

 逆に、親に捨てられたことで結局道を踏み外し、地べたを這いずるような生活に落ちてしまう可能性もある。

 どちらが良かったのか、それこそ一生を終える時にしか分からない。


 キリエはその中で、自分で自分の道を定め、「鋼鉄の侍女頭」としての生き方を貫いてきたのだ。そのことを他の者が幸せである、不幸せであると定めるものではない。ただ、ミーヤから見ると厳しい生き方であると思わずにはいられない。


 そして多分、キリエは、己がそのような道をひたすら歩んできただけに、今のセルマのことも思わずにはいられないのであろう。


「私は」


 キリエがふっと口を開いた。


「それでもまだ、自分で選んだ道であったと思います。ですが、セルマは、あの子はどうなのでしょうか」

 

 もしも、誰かがセルマを今の道に誘導しているのだとすれば……

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