5 手探り

 謁見の約束は無事に取り付けられ、一同はホッとした。


「俺は一度船に戻るけど、明日また来て一緒に謁見ってのに行ってもいいのかな」

「いいんじゃねえか、一緒にいるところで約束したんだし」


 そうして、ディレンは翌日の朝また来ると約束して帰っていった。


「さてと、じゃあ俺もちょっと仕事してくるか」

「え?」


 トーヤが包帯ぐるぐる巻きの姿のまま立ち上がるのに、ベルが驚いた。


「どこ行くんだ?」


 アランも聞く。


「ん、ちょっと野暮用」


 それだけ言うと、とっとと内扉から出ていってしまった。


「野暮用って、もしかして……」


 ベルが心当たりがありそうに言うが、


「いや、違うだろ。仕事の顔してたし」


 アランが否定する。


 シャンタルは黙ったまま、珍しくじっとトーヤの後ろ姿を見つめていた。




 トーヤは廊下から様子を伺いながら出る。


 もしもとがめられたら話せない振りをして、身振りで歩く練習のように知らせようと思っていた。


 できるだけ廊下の端を、壁に持たれて体重を預けるようにしてゆっくりと歩く。 

 幸い廊下には誰もいない。


(渡り廊下の向こう、「前の宮」の衛士の目だけ避けられれば行けるはずだ)


 八年前、いやと言うほど宮の隅々まで見て回り、逃げ出す隙がないかと調べ尽くした。あの時と変わってなければいけるはずだ。



 豪華な装飾に身を隠すようにして、廊下を反対側、奥様の滞在する客室のある海側ではなく山側へと渡る。気配を消して進むが誰もいない。


 大きな渡り廊下、ミーヤに連れられて初めて謁見の間へ行った時に通ったあの廊下の端を隠れるようにして進む。

 ここを渡り切る少し前に下働きの者たちが通る階段がある。交代の日に通ったあの階段だ、あそこを目指す。


(あの時も思ったけど結構不用心なんだよなあ、ここ)


 まず敷地に入るまでが困難であるからか、一度入ってしまえば割と楽に他の場所に移動できる気がした。


(もしくは、そんだけ人の善意を信じてんだよなあ)


 悪いものはこの建物には入ってこられないはず、シャンタル宮に悪意を向ける者などおらぬはず、その上で二千年の間こうして存在し続けた宮なのだとあらためて思う。


(もしも俺が警備の責任者だったら、あっちを直せ、こっちも直せって言ってやるんだが)


 だが今は、その隙がありがたい。


 もうすぐ渡り廊下を渡り切る。

 ここを渡り切ってしまったら、すぐそこには衛士が廊下の両側に立っている。そして謁見の間の前にも、中にありがたい御方がいらっしゃる時には2人の衛士が立つ。

 謁見の間の方を伺うと、さっきキリエが「明日は謁見がある」と言っていたように、今日は予定がないのかそちらの衛士はいない。これで階段へ入りやすくなった。


 トーヤは廊下の端まで来ると、海側に立つ衛士に見つからないように気をつけながら、さっと階段へ体を滑り込ませた。


(見つかってねえな)


 確認して、階段を降りる。

 この宮へ庇護を求めて来た時に、キリエと面会したあの部屋のある1階の廊下をまたひっそりと進む。


 こちらは上階と違って質素な造りになっている。その分薄暗く、身を隠しやすくもある。


 影へ影へと身を隠すようにして廊下の端まで進み、また階段を、先日来た時に上がった階段を、上から誰か来ないか気をつけながら上がる。

 今度は八年前にトーヤの部屋があったあの廊下、八年ぶりに懐かしい人とすれ違ったあの廊下を、客殿の方へ向かって進む。


(そういや、あの時どうしてキリエさんはわざわざこっちの階段までこさせて客間に戻る道を通らせたんだ?)


 あの時から気にはなっていた。気配りのできる人だ、ケガ人を気にするなら、わざわざ遠回りする道を行かせることはない気がする。そうでなくとも広い宮殿なのだ。


(なんか、そういう決まりでもあったのかな。こういう客はここを通る、みたいな。だったら俺には分からんが)


 なんにしても、そのおかげでトーヤは一瞬ではあるが、オレンジの侍女を垣間見かいまみることができたのだ。


 1階の廊下からそっと外へ出る。そしてある場所からまた「前の宮」の中に入った。

 

 ルギとやりあった後、衛士たちに引き立てられて謁見の間に連れていかれたあの隠し廊下を通り、謁見の間へと入る。


(やれやれ、行ったり来たり大変だな)


 そっと謁見の間に入る。

 暗い。


(そうか、誰もいないから灯が入ってねえんだな)


 包帯で片目、余計に見づらいが、大体の場所は分かる、手探りでもあちらの扉までは行ける。

 壇上にシャンタルのあの赤いソファが置いてあるあの段を、手探りでそっと進んで山側の廊下に続く扉に辿り着いた。


 この扉を開けた先の廊下をずっと西へ進めばマユリアの客室がある。目指す部屋はその少し手前にあった。トーヤはその部屋に初めて入った時のことを思い出し、少し苦く笑った。


 そっと扉を押して外を見る。こちらにも誰もいない。

 音を立てないようにそっと進む。こちらも廊下の装飾に身を隠すようにして進む。誰とも出会わない。


(もしも、いつものように誰かの手のひらの上で転がされてるとしたら、まあ無事に着けるんだろうよ)


 半分自虐的にそう考えながら進み、目的の部屋の前に辿り着いた。

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