4 お心だけ
侍女の様子を見て、奥様が不安に思われたのであろうか、いつもとは違う様子で必死に侍女の目を覗くように身を乗り出した。
「勘違いなさいませんように」
失意の底にあるだろう主従に、感情のない声で侍女頭が続ける。
「お声がいただけないという時は、その道が間違えてはいないことである、と申し上げました」
「ですが」
「アナベル」が顔を上げて侍女頭の目を見上げた。
「お声がいただけないということは、もうそれ以上どうしていいか分からぬということです。なんでもいいのです、道をお示しいただければ。なんとか、シャンタルにそのように申し上げていただけませんか」
「少し落ち着きなさい」
「アナベル」は侍女頭の顔にほんの少しだが、自分を
「申しましたでしょう? その道が間違えてはいないということである、と」
「それは……」
「それはエリス様が今ここにあることが間違いではない、ということです。ですから、その道をお進みになる、そのままここにおられればよろしいかと」
「え?」
「アナベル」が戸惑ったような顔で侍女頭を見上げる。
「それは、そのままここに、シャンタル宮にお世話になり続けてもよい、ということでしょうか?」
「そう申し上げております」
「それは……」
「アナベル」が今度は声を詰まらせ、そして主の耳元で何かを告げた。ベールに包まれた女主人も驚いたように顔を上げ、そして力尽きるようにゆっくりと頭を下げた。何度も何度も頭を下げた。
「頭をお上げください」
キリエは「エリス」の頭を上げさせると続けた。
「このキリエの責任でその身をお預かりいたしました。託宣の結果、それが間違えてはいないと分かるのは、私にも安心できることです。ですから、託宣をお受けください」
「では!」
「アナベル」が明るい声でそう言って顔を上げた。
「ちょうど明日の午後、託宣のための謁見が2組ございます。その後にご案内いたします」
「はい、ありがとうございます! あの、ではその時に寄進をお持ちすれば?」
「本来ならば寄進は義務ではない、必要ではないと言うべきなのでしょうが。この宮に何もなく滞在なさるのも心苦しいことでしょう。全財産をとは申しません、ご自分のお気持ちの納得できるだけのものを後で侍女にお渡しください」
「ありがとうございます!」
「アナベル」がこれ以上はないというぐらい平伏してお礼を言い、「エリス」もその態度で大体のことは理解したのだろう、できるだけ深く頭を下げた。
「頭をお上げください。そして、これは余計なことかも分かりませんが、何かあった時にあちらまでお帰りになるのに必要なだけ、そして大きなケガをして命をかけてあなたをお守りになった護衛の気持ちに答えるだけのものはしっかりとお残しになりますように」
「はい、ありがとうございます」
もう一度「アナベル」が深く深く頭を下げる。
「いや、俺たちも助かります、ありがとうございます」
「アラヌス」と包帯に巻かれた「ルーク」も頭を下げた。
「では、明日の午後、時間になったら迎えを寄越しますので、それまではお部屋でごゆっくりなさってください」
「ありがとうございます」
キリエを見送った後、部屋にはディレンを含めた5人だけになる。
「いや、結局俺は何も出番がなかったな」
ディレンが拍子抜けという顔でそう言う。
「ああ、思ったより話がうまく進んだ。ほっとしたよ」
アランに戻った「アラヌス」がはあっと息を吐くと椅子の背もたれに体をどっしりと預けた。
「はあ~緊張したあ……」
ベルに戻った「アナベル」もストールの下でガクッと力を抜く。
「お疲れだったな、うまいこといってよかった」
トーヤが兄と妹を
「そんじゃ、どのぐらい渡すか決めるか」
「なあなあ、ああ言ったってことは全部渡さなくても神様に嘘ついたことになんねえよな? な?」
見た目侍女、中身ベルが急いで言う。
「まあいいんじゃねえか」
ディレンがプッと吹き出してからそう言った。
「そんじゃま、奥様のお心だけ、にすっか。おいシャンタル、どのぐらいにしたい?」
「ちょいまち!」
ベルが待ったをかける。
「なんだよ?」
「シャンタルに決めさせんのは反対!」
「なんでだよ?」
「だってシャンタルだぜ? 全部とか言い出しかねない!」
それを聞いてベル以外の4人が笑い出した。
「そうか、ありえるな、そんでどうする?」
またトーヤが知らん顔でシャンタルに答える。
「う~ん、そうだねえ……私の気持ちとしては、こうして
「ほらあ! だめだって!」
また4人が笑いながら、
「冗談だよ、全部は言わないから」
「本当だぞ! 絶対だぞ!」
そう釘を刺すベルになお一層大きな声で笑う。
そうして、一度手持ちの金を全額出し、そこから適当な額を決めた。
「まあ、そのぐらいなら……」
そう言いながら、まだベルが未練たらしく渡す方の金から1枚でも金貨を……と手を伸ばそうとするので、
「諦めろ」
アランがその手を叩いてまた笑いが起きた。
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