3 持てるものすべてを
その日はディレンを客として部屋に泊める許可をもらい、翌日を待った。
翌朝、昨日と同じ薄い青い色の衣装の侍女が、今日は薄いピンクの衣装のまだ幼さの残る侍女見習いらしき少女と共に、世話役として挨拶に来た。
「本日はこの2名でお世話をさせていただきます」
これまでは侍女見習いの少女は来たことがなかった。まだ子どもらしいその姿に、トーヤはなんとなく苦しいものを感じた。
「よろしくお願いいたします」
ベルが頭を下げて挨拶をする。
「キリエ様からの伝言がございます。本日の午前のうちに事情を伺いに参ります、とのことでした」
「分かりました、ありがとうございます」
もう一度頭を下げる。
侍女と侍女見習いは、朝食の準備をすると部屋を下がっていった。
本来ならばもっと色々とやることがあるのだろうが、「奥様の事情」と「ケガ人の体調」を考慮し、呼ばれないうちはできるだけ部屋には行かぬようにと言われているらしい。
朝食を終え、後片付けをしてもらってしばらくすると、予想より早い時間にキリエの
「エリス様がシャンタルへの謁見を求めていらっしゃるとのことですが、事情をお話いただけますか?」
「エリス」「アナベル」「アラヌス」「ルーク」とアルロス号船長5人の前に、鋼鉄の侍女頭がゆったりと腰を下ろして尋ねる。
「あの、俺とアナベルから事情を申し上げます」
「よろしいでしょう、お聞きいたします」
「アラヌス」は侍女頭の前に出ると、不思議な緊張で体が強ばるのを感じた。
戦場でも、そのほかの場面でも、冷静なアランがあまり感じたことのない種類の緊張に、
「奥様は、この
賊に襲われたことだ。侍女の「アナベル」が奥様の気持ちを代弁する。
「元々、お国を出られる時から危険は承知の上で出てこられました。船に乗ることができ、こちらまで来ればもう安心と奥様も私も思っておりましたが、残念ながらこのようなことに……それでご自分のこれからの身の上、それから旦那様とのこと、それを知りたい、託宣をお受けになりたい、そう思われたようです」
キリエは黙ったままじっと「アナベル」を見つめる。
「もちろん神でおられるお方、そう簡単にお会いできるとも思っていらっしゃいません。それで、あの……」
侍女が本当にいいのか、と問うようにベールに包まれた
「それで、今お持ちの全財産を寄進なさりたいと。今のご自分にできる、それがすべてのことであるから、と」
キリエの表情は変わらない。
「もしも、託宣の結果、旦那様と再会できるのならば、できればここで待たせてはいただけないか、と。もちろん、もっと狭い部屋で構いません、そうおっしゃっておられます。そして、もしも、再会が叶わぬとの結果が出た時には……」
「アナベル」が少し下を向き、思い切ったように言う。
「もう、ご自分の命を終えてしまう、そうおっしゃっておられます」
最後の方は涙ぐんだ声になるが、キリエは眉一つ動かさず「アナベル」を見つめている。
しばらく沈黙が流れたが、やがてキリエが同じ顔、同じ声のまま口を開いた。
「エリス様はそれでよろしいとお思いかも知れません。ですが、その場合、侍女と護衛の2名はどうなさるおつもりですか?」
当然の質問であった。
「私は……もちろん、奥様のお供をいたします」
「アナベル」が答える。
「俺たちは、奥様を守り、ご主人に無事に再会させる、そういう契約を交わしてます。ですから、最後まで諦めずに連絡を取り続けるつもりです。ですが」
「アラヌス」が続ける。
「もしもだめだった場合、もちろん報酬はいただけません。奥様が命を絶たれるというのなら、それをギリギリまで止めますが、どうしても止め切れなかった時は、無報酬でなんとかあっちに戻る努力をします」
「それで構わぬのですか?」
「構いますが、約束を守れなかった、仕事を全うできなかったわけですからね、仕方ありません」
「そうですか」
何を考えているのか一切分からぬ声でキリエが簡単に答える。
「まず最初に一つ、シャンタルの託宣について、少しばかり勘違いをなさっていらっしゃるようですので、その話からいたしましょうか」
5人に説明を始める。
「シャンタルの託宣は占いのようなものではありません。もしも、託宣を求める者が誤った道を進んだために不幸になると分かった時、その時に道を正してくださるものです。ですから、もしもエリス様がお選びになった道に正すことを見いだせなかった場合、託宣はございません。シャンタルからのお言葉をいただくことは叶いません」
「そんな!」
「アナベル」が腰を浮かして侍女頭に言う。
「お言葉がいただけないなんて……そこに
がっくりと力を落としたように、椅子にもう一度、落ちるように座った。
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