15 捕獲
「いえ、逆光でそちらからはよくお見えにならなかったでしょう。私の不注意です。申し訳ありませんでした」
オレンジ色の侍女がもう一度深く頭を下げる。
「ミーヤ様、大丈夫ですか?」
後ろから付いてきていた他の侍女がそう声をかけた。
(やっぱりだ、やっぱりこの人だ)
思っていた通りだった。
夜明けの海のようなオレンジ色。
そしてやさしそうな黒い瞳。
「少し、私が失礼をしてしまいました」
「あの、大丈夫ですので」
そう言いながらベルは、
「あ、いた……」
少しばかり足を
「大丈夫ですか!」
急いでミーヤがベルを支えようとして、
「あの、お支えしても?」
中の国の方は色々制約が多いと聞く。たとえ女性同士でも迂闊に触れていいものかどうか。
「あの、本当に大丈夫ですので。こちらも失礼いたしました」
ベルもそう言って深く頭を下げるが、少し痛そうな顔をするのを忘れない。
よろけるように壁に手をつき、
「あの、大丈夫ですので、どうぞ行ってください」
そう言ってまた深く頭を下げる。
「ですが……」
ミーヤは少し考えるようにして、
「この先はもう大丈夫ですよね? 皆様は先に行っていただけますか? 私はこの方をお部屋にお連れしてから参りますので」
「いえ、その必要は」
「いえ、少し足を痛めていらっしゃるようですから、お世話をさせてください」
そう言ってまた頭を下げる。
「分かりました、私どもは大丈夫ですので、ミーヤ様、よく見て差し上げてください」
「ええ、大丈夫です」
数名の侍女が口々にミーヤにそう言う。
「ええ、よろしくお願いいたしますね」
そう言って侍女たちを見送ってから、またベルに声をかけた。
「あの、客殿にご滞在の中の国の方でいらっしゃいますよね? お話だけは少しばかり耳にしております」
思った通り、宮の中でもすでにエリス様ご一行のことは知られているらしい。
「あの、触れてもよろしいでしょうか? 肩をお貸しします。客殿でよろしいんですよね?」
ベルが返事をしないのでそう聞いてくる。
心配そうな顔をしている。
「ありがとうございます、本当に大丈夫ですので」
「ですが……」
「私は大丈夫なのですが、少し……」
「え?」
何があるのだろうとさらに心配そうな顔になる。
「実は、同行者にケガ人がおりまして」
「ああ」
どうやらそれも聞いているようだ。
初めてここに来た日、廊下ですれ違った時に包帯に巻かれた者がいるのを覚えているのだろうし。
「このところ、少しばかり歩く練習をしておりました。その連れが向こうに」
と、奥宮の方を指差す。
「休んでおります」
「そうなのですか」
ミーヤが今侍女たちが向かった方向に顔を向ける。
「それで、できればその者の手助けをお願いできましたら」
「包帯を巻かれていた方ですよね?」
「ええ」
「実は、ここに来られた日にお見かけいたしました」
やはりミーヤも覚えていた、中の国のご一行がこの廊下を歩いていたのを。
「侍女の方たちとすれ違いましたが、その時にいらっしゃったのですね?」
「はい。他の方に肩を借りられて、ずいぶんと大変そうにお見かけしました」
「おかげさまで今はかなりよくなりました。歩く練習をしようかと思うほどに」
「そうですか、よかったです」
ミーヤはそう言って満面に笑みを浮かべた。
(かわいい人だなあ、こりゃトーヤが惚れるはずだわ)
ベルはそう思いながら、自分もニッコリと笑ってみせた。
「それで、その方はどうなさいました? もしも人手が必要でしたら、衛士を呼んでまいりますが」
「いえ」
冗談じゃない、そんなもん呼ばれてたまるもんか、とベルは思った。
「実は、顔をケガしておりまして、あまりたくさんの方と接することは避けたいらしいのです」
「そうなのですか」
場所が場所だけに複雑な心持ちでいらっしゃるのかも知れない、とミーヤは思った。
「ですので、少しだけお手をお貸しくださいませんか?」
「でも力仕事でしたら」
「いえ、そこまでのことではありませんので。ぶつかりかけたついでに、と申すと変ですが」
と、さっきの事故を理由にする。
「え、ええ……」
ミーヤは少し考えていたようだが、
「分かりました。あまりお力になれないようでしたら、その時は衛士を呼びますが、それでよろしいですか?」
「ええ、ありがとうございます。お願いいたします」
そう言ってミーヤを連れてベルはトーヤの部屋の方へと引き返す。
トーヤとダルの部屋の間ぐらいに来た時に足を止め、
「このあたりにいると申したのですが……」
と、周囲を見渡す振りをし、トーヤの部屋の扉に手を当て、考え事をするように3度ほど軽く叩き、
「どこに行ってしまったのかしら……」
と、少しだけ大きい声で言う。
扉の内側に意識を向けると、誰かが近づいてきた気配がする。
ベルはダルの部屋の方に少し移動し、
「あの、こちらの部屋はどのような?」
と聞く。
奥宮の方を向いて探していたミーヤが振り向き、ベルの正面へ移動してきた。
その背後でそっと音を立てないように扉が少し開いた。
「ああ、こちらはある兵の宮での控室で……」
そう言いかけたところを扉の中から出てきた2本の手に絡め取られ、あっという間に部屋の中に連れ込まれてしまった。
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