10 二人のアラン

 結局、その日はそのまま、3組の託宣を求めるものたちは待機していた部屋へと返された。

 

「前の2組はそのまま宮からも帰されたらしいぜ。俺たちはまた後日あらためて、だそうだ」

 

 アランが事情を聞いてきて説明する。すでに託宣がないと分かった者は、気の毒だが帰されたらしい。


「なんか宮の中が慌ただしかった」

「そうか、うまくいったかな」

「やったな兄貴! 犠牲になった甲斐あったじゃねえか!」


 ベルが侍女の衣装のまま、景気よくアランの背中をどやしつけると、アランは何かを思い出したようで、そのままふしゅ~っとテーブルの上に突っ伏してしまった。


「お、おい、兄貴、大丈夫かよ」

「犠牲って、おまえな……」


 昨日、シャンタルの実験台になった時のダメージがまだ残っているらしい。




「実験台」とは、シャンタルが体の中に入ってその人物を動かせるかどうか、というものであった。


 あの時、トーヤとベルに人身御供のようにシャンタルの前に差し出された時、思わずアランは身を翻して逃げようとした、だが、その緑の目と目が合った瞬間、自分の中に「誰か」を感じた。


「へえ、これがアランの体かあ、案外居心地いいね」


 次の瞬間、アランは自分の口から出てきたのその言葉を自分の耳で聞いた。


「入ったみたいだな」


 トーヤが目は真面目でありながら、少しばかり面白そうにそう言った。

 ベルは言葉もなく兄を、兄であるものの姿を丸い目をして見ている。


「それで、この先どうすればいいの?」


 アランの口からアランの声で、シャンタルの口調の言葉が流れてくる。


「なんか、きしょい……」


 ベルがちょっとだけ身体を引く。


「今はシャンタルがアランの口を借りて話してるわけだよな?」


 トーヤが淡々と、実験結果を検証する博士のように聞く。


「うん、そう」

「それ、アランが自分の意思で話してるようにはできねえか?」

「どういう意味?」

「今は多分、アランは自分の体が勝手に動いてるって感じてる、そうだろ?」

「そうなの?」


 アランがアランにそう聞いた。


「そうなの、じゃねええええええ!」


 ちょっと体を返すと途端にそう絶叫した。


「ちょ、兄貴、もうちょい声落とせ、侍女の人が来る」


 ベルに言われてハッとして口を押さえる。

 鈴の音はしない、大丈夫だった。


「なんてのかな、アランが自分で考えて自分で話してる、って思わせるってこと、できるか?」


 トーヤに聞かれ、アランがなんとなく可愛らしく首をかしげた。


「やっぱきしょい……」


 ベルがうへえ、という顔でそう言う。言われても怒らないのは、シャンタルがアランの体を支配しているからだろう。


「あれかな、託宣みたいに?」

「そうだ、まさにそれだ」

「そうか、やってみるね」


 そう言って少し考えていたようだが、


「うわっ、なんだこりゃ!」


 アランがいつもの自分の話し方、自分の身振りで、両手で頭を押さえて首を振った。


「うわあああ! 頭の中からなんか見えて聞こえるー!」

「ああ、それは私が自分の意識をアランの意識に重ねたからだよ」

「やめろー! 気持ちわりー!」

「だってトーヤがやってみろって」


 と、アランの口から、2人の人間が会話する声が次々と飛び出す。


「なるほど、こんななるわけか……」

「こええ……」


 トーヤとベルがさすがに固い顔で言う。


「それで、これからどうすればいいの?」

「なんでもいい早く終わらせてくれよー!」

「そ、そうだな……」


 トーヤが気を取り直して続ける。


「なんか、シャンタルは知っててアランは知らねえこと、それをアランに見せてアランがそれを言うってのできるか?」

「やってみる」


 アランが抵抗するいとまも与えず、シャンタルは作業に移ったらしい。


「な、なんだこりゃ、この豪華な部屋……」

「どんな部屋だ?」


 戸惑うアランにトーヤが聞く。


「すげえ部屋だ。見たことないぐらい豪華だ。なんだこりゃ……そんで、扉から入ったら正面にすげえソファがある。きらっきらで、謁見の間のソファよりもっと派手、じゃねえな、派手じゃねえが、なんてんだ、きらびやか? そこになんだ、すげえ美人が座ってる。なんだこれ、女神か、本当の女神じゃねえのか」

「そんなに美人か?」

「ああ、濃い紫の服着てこっち見て笑ってる。あ、立ち上がった」

「濃い紫、マユリアだな」

「これが……」


 アランが頭の中の映像を見ながら息を詰める。


「これは、こりゃすげえ……美人ってえのと違う、人間じゃねえ、本当に女神だ」

「間違いないな」


 トーヤが満足したようにうなずいた。


「アランが見たことのないマユリアを見た、シャンタルが見せてるんだな」

「うん」


 呆然と立ち尽くすアランの口から、シャンタルが返事をした。


「もういいぞ、戻ってこい」


 トーヤがそう言った瞬間、へたりとアランが座り込んだ。


「成功だ」

「おお、すげえ!」


 さっきまで気持ち悪がっていたベルが、グッと拳を握る。


 アランは言葉もなく、床の上で呆然と座り込んだままだ。


「大丈夫か?」


 トーヤが近寄って手を貸し、立たせ、椅子に座らせた。


「どんな感じだ?」

「どんなって……」


 どう説明しようかとアランが考えていると、


「へえ~アランって、ああいう時はあんなこと考えるんだねえ」


と、シャンタルが楽しそうに言い、アランがテーブルに突っ伏して動かなくなった。

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