11 女神の苦悩
シャンタル宮の奥の奥、最奥のその宮の
「ラーラ様、ラーラ様、託宣ができました」
そう言って、小さな体の主が、薄い紫の衣装に包まれた、優しそうな侍女にすがりつく。
「ええ、ええ、よかったですね、シャンタル」
ラーラ様は柔らかく、やさしく、それでも気持ちと同じだけの力を込めて、小さな主を抱きしめる。
当代シャンタル。黒い素直な髪に白い肌、深い深い深黒の瞳を持つ今年8歳になる当代シャンタルは、目に涙を浮かべてうれしそうに何度もそうつぶやく。
「次代様のご両親が見えました、優しそうな方たちでした」
「ええ、今、神官と衛士が確認に向かっていますよ」
「見えました、あれはリュセルスです」
「ええ、リュセルスの、シャンタルがおっしゃる場所に確認の者が向かっていますよ」
「いらっしゃいます、ええ、いらっしゃるんです。もうすぐ次代様がこの宮にいらっしゃいます」
黒い髪、黒い瞳の美しい少女は、ラーラ様に向かって顔を上げてそう言うと、またぽふっとラーラ様の胸に顔を
当代シャンタル。彼女がなぜここまで興奮して託宣を口にするのか。
『当代シャンタルな、多分だが、託宣ができないと見た』
トーヤが街で聞いた話から推測したように、当代は託宣をできないのだとの自覚があった。
物心つく頃から、周囲の者たちが自分に「何か」を期待しているのは、ぼんやりと理解してきた。だが、いつまでたっても自分がその期待に応えられないことが、いつからか重荷となってきていた。
そして、誰が言っていたかは覚えていないが、ある日、先代との違いを耳にして、一層その重荷が心に食い込んでくるようになった。
「先代は、それはお人形のようでいらっしゃったけど、あれほど託宣をなさってこの国を潤されたんですもの、やはりそれだけのお力を出されるためにあのようでいらっしゃったのよ」
「本当よね、それは素晴らしかったわ。そして最後の何日かは本当に愛らしくていらっしゃったわよね」
「ええ、本当に。あのままお元気でいらっしゃったら、どれほど素晴らしいマユリアにおなりになったか」
「それを思うと、本当においたわしくてならないわ」
「当代はどうして託宣をなさらないのかしら」
「それは、今までもそのような方はいらっしゃったということだし、不思議でもないのでは?」
「でもねえ、やはりどうしても先代とお比べしてしまって」
「それは失礼だと思うけれど、気持ちは分かるわ」
「それほど今が平和なのだとおっしゃる方もいらっしゃるけど、どうなのかしら」
「平和なら平和でいいのだけれど、私はどうしても先代がマユリアとお並びになってのお出ましの時を思い出すと、胸が苦しくなるようで」
「本当にお美しい絵のようだったわよねえ」
「ええ」
「当代もお美しい方だけれど、なんというのかしら、普通の美しさでいらっしゃるから」
「ええ、あのような不思議な、光を放つようなお美しさとはまた少し違っていらっしゃるのよね」
「ええ、もちろんお美しい、神聖な方ではいらっしゃるけど、先代と比べてしまうと、つい普通の方という感じがしてしまうのよね」
「申し訳ないけれど、ねえ」
偶然、侍女たちのそんな話を聞いてしまったことがあった。
もう三年ほど前になる。なぜだったかもう理由は忘れてしまったが、少しへそを曲げて自室を抜け出し、「奥宮」の出入り口近くの一室に身を隠していた。その部屋がたまたま衣装部屋だったもので、後から入ってきてシャンタルその人がその部屋にいるなどとは知らない侍女たちの、作業をしながらのおしゃべりを聞いてしまったのだ。
部屋の片隅の衣装を積み重ねた箱の陰に隠れ、じっと侍女たちの話を聞いていた。そして侍女たちがいなくなったのを見計らい、そっと部屋から出て自室へと戻った。
「シャンタル、どこにいらっしゃったのです、勝手にお部屋を出てはいけませんよ」
ラーラ様が困ったような顔でそういうのに、
「ごめんなさい、ちょっと頭が痛いの……」
そう言うと、ラーラ様が急いで侍医を呼び、自室の寝台で暖かく休めるようにしてくれた。その暖かさの中でホッとしながら、心のうちはひどく冷えているのを感じていた。
それからずっと、自分が託宣をできない、その事実に押しつぶされそうになって生きてきた。
だが、そのことを誰かに相談することもできない。
自分でも、どうして自分は話に聞く他のシャンタル、特に先代とそれほど違うのか、それが気にかかり、いつもいつも胸の奥に小さな石ころが一つとどまっていて、何かがあるとその石が転がって喉元にまで上がってくる、そんな思いを抱えていた。
それが、今日、初めて託宣を経験した。
やっと自分も一人前のシャンタルになれた。それがうれしくてうれしくて、何度も何度もラーラ様に、託宣ができたことを報告しては抱きしめてもらっていた。
「マユリアは? マユリアにもお伝えしないと」
「マユリアは、今はちょっとお仕事でいらっしゃいません。戻ってこられたらご自分で報告いたしましょうね」
「うん、待ってる。早くお戻りになればいいのに」
そうしてまた、うれしそうにラーラ様にギュッとしがみついた。
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