12 二度目の謁見

 あらためての謁見の機会は翌日の午後に訪れた。


 薄い青い衣装の侍女、アーダはどうやらこの部屋付きに固定になったらしく、前回のシャンタル付きのやや年輩の侍女ではなく、アーダの案内で謁見室へ再度足を運んだ。


「前回は失礼いたしました。本日、あらためてシャンタルが謁見なさいます」


 今回は1組だけが謁見室に入り、ラーラ様がそう言って軽く頭を下げた。


「どうぞ、シャンタルの御前おんまえに。託宣をいただきます」


 言われて一行が段のすぐ下まで進み出る。


 前回はここでシャンタルの託宣、一行にではなく、次代様ご誕生の託宣があったのだ。


 黒い髪、黒い瞳、白い肌の当代シャンタルが最上段からじっと一行を見下ろす。

 絹の海に埋もれた「エリス」こと、奥様がちらりと上段を見上げた気がした。


 そのまま沈黙の時が続き、


「頭をお上げなさい、託宣はないようです」


 一行は言葉もなく、頭を下げてから立ち上がり、後ろへと下がっていった。


「がっかりなさいませんように。託宣がないということ、それはあなた方が正しい道を進んでいるということです。心安らかに、もう少しゆっくりと宮でお待ちなさい」


 どうやらラーラ様はキリエから「奥様の事情」を聞いているらしく、優しくそう付け加えた。


 奥様付きの侍女「アナベル」が絹の中の人に何かささやき、


「ありがとうございます。そうおっしゃっていただいて少し心が楽になりました。もう少しだけこちらでお世話にならせていただきます」


 そう言葉を伝える。


 そうして、前回一緒だった2組のように、部屋から下がって客殿の客間へと戻っていった。


「よう、ついでになんか託宣してもらえばよかったんじゃねえの?」


 ベルがアーダがいなくなったのを見計らうと、ばさりとストールをめくり上げてそう言った。


「なんてだよ」

「例えば、ここで待ちなさい、きっと旦那様はいらっしゃいます、とかなんとか」


 兄の質問に妹が答えた。


「あのな」


 包帯男、ことトーヤが言う。


「そんなかわいそうなこと、できねえだろうが」

「かわいそう?」

「そうだぞ」


 兄が横から言う。


「あのシャンタルはな、託宣ができねえんだよ。それをこのシャンタルがやらせてやったわけだろ?」

「うん、だからもっと託宣できたらもっと喜ばねえか?」

「そんで、それが嘘だったって分かったらどうする」

「あ……」


 言われてベルも気がついたようだ。


「そうか、本当のこと知っちゃったらショックが大きいってことか」

「そういうことだ」

「そうか、そりゃかわいそうだな……」

「嘘は重ねるほど罪が重くなるからな」

「そうか……」


 当代シャンタルが自室でラーラ様にしがみつき、どれほど託宣ができたかを喜んだかを知らなくとも、想像に難くない。


「そんで、じゃあこれからどうすんだ?」

「いていいってお墨付きももらったことだしな、じっくり宮を調べるさ」

「調べる?」

「ああ、これで俺たちがここにいておかしいと思う人間はいない、中をうろうろしてもそう目立たないだろう」

「なるほど」


 ベルが納得する。


「特におまえは女だから動きやすい。侍女たちとも立ち話なんかして、情報仕入れてくれ」

「分かった」

「言葉遣いにはくれぐれも気をつけろよ」


 アランがそう言う。


「失礼ねえ、お兄様ったら、心配はございませんことよ」


 侍女言葉にも慣れてきて、前よりも自然な口調になってきている。


「それより、トーヤ、いつまでその格好でいられる?」

「それなんだよなあ」


 顔にケガをしているということにしているが、ケガはいつか治る。


「なんか仮面でも仕入れてくるかな」

「それじゃあ俺がなんか見繕ってきてやるよ」


 ディレンがそう言う。


「頼む」


 顔の傷を隠すためという言い訳の仮面なら、かぶっても不自然ではないだろう。


「問題は声だよな」


 口を縫って、そして喉を痛めているという言い訳で今は声を出していないが、長く逗留するならば、奥様と違ってそのうち話をせざるを得ない。


「まあ、声も出にくそうに作っておくさ。そのうちなんとかなるだろう」

「なんとかって……」


 何がどうなれば「なんとかなった」ということなのだろうか。


「なんとかはなんとかだ」

「いい加減だなあ」


 ベルが大きくため息をついた。


「まあ、しゃあねえ、乗りかかった船、毒食らわば皿までだ」

「そういうこと」


 ベルの言葉にトーヤが笑いながら答えた。


「あ、それともう一つ気になった」


 アランが口を開きトーヤが答えた。


「なんだ?」

「ラーラ様だよ」

「どうした」

「いや、事情知ってるみたいな感じだったんだが、どっちの事情をどう知ってるんだろうな」

「ああ」


 トーヤが少し考えるようにして、


「おそらく、奥様の事情を知ってるんだろう」

「シャンタルが帰ってきてるって知ってるってことは?」

「多分ないだろう」


 きっぱりとトーヤが言う。


「あの方は優しい方だが、ある意味心の弱い方だ。だからこいつが戻ってきてると知ったらあれほど平静ではいられんだろう」

「なるほど」


 兄と妹が納得する。


「変わりがなくて安心したよ」


 ずっと黙ったままだったシャンタルが言う。


「もっと近くで会いたい?」


 ベルが心配そうに聞く。


「まあ、時が満ちたらね」


 シャンタルは笑顔で、もう1人の会いたい方がよく口にしていた言葉を口にした。

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