13 未来のために
「だけど、肝心なことは何も分からないままよね?」
「そうなんだよな」
「本当に交代までの間になんとかなるの?」
「さあなあ。けど前だってなんとかなった、あの時も誰か分からんやつに動かされて、必死に動いてなんとかなったんだから、多分今度も大丈夫だろう」
「呑気ねえ」
リルが呆れた声を出す。
「というか、あっさりとマユリアとラーラ様にエリス様のことをお知らせしてはだめなの? 案外普通に前のように、今度はあんな託宣もなく、すんなりといくのではないの? その可能性は?」
「ないと思う」
はっきりとトーヤが言う。
「どうして?」
「何よりもこの宮の雰囲気だ。誰かがこの宮を自分の都合のいいように変えようとしている。それはリルだって感じてるんじゃねえのか?」
「それは……」
リルが、黙ることでそれを肯定する。
「キリエさんもそれを感じて、それで俺たちのことを知らん顔してるんだ。俺は自分の感じたこと、それとキリエさんの感じたことを信じる。そして当然、リルが感じていることもな」
そう言ってトーヤが頭をカリカリとかいた。
「本当だったらな、みんな連れて出たいんだよ。けど、そうすると当代のちびと次代様のちびだけが残っちまう。かわいそうだろ? だから、じゃあ残るやつらが落ち着いて過ごせるようにって、いわばこちらの勝手な好意なんだよ。俺たちがやりたいからやるんだ、この宮の大掃除をな」
「トーヤ……」
「だからまあ、こっちの勝手な思惑で動くんだから、それをわざわざマユリアやラーラ様に教えて恩に着せる必要もねえ。まあ、どっちにしても交代の時にはこいつと会わせねえわけにもいかんしな」
そうなのだ。
もしも一切正体を知らせず、そして顔を見せないとしても、最後の最後、シャンタルがマユリアを受け取り、それを当代に受け渡す時には会わないわけにはいかない。
「だから、それまでにことを収めたい。そこは急ぐところだ」
「分かったわ」
リルがこっくりと頷く。
「けどな、ほんと、無理するなよな? 普通の体じゃねえんだぞ?」
「ええ、分かっているわ。それにね、だからこそ動けるんじゃないかとも思っているの」
「なんでだ?」
「いざとなったらね、ここでなんとか理由をつけて置いてもらおうかと」
「は?」
「私が具合が悪くなった振りをして、それでここのお世話になるの」
「はあ?」
「実はね、最初の子を授かった時、そういうことがあってほとんど寝たきりの時期があったの。それを参考にしようかと」
「バカか!」
いきなりトーヤが雷を落とした。
「そんなこと言い訳にして、そんでほんとに子どもに影響あったらどうすんだよ!」
「大きな声ねえ」
リルはひるまず言う。
「あのね、普通の時ならそんなこと、大事な子どもを人質にとるなんてことするはずがないでしょ?」
「だったら」
「今は普通の時じゃないわよね?」
きっぱりと言うのにトーヤも認めるしかない。
「それはそうだ」
「つまりね、ここをうまく乗り切れないと、この子だけじゃなく、この子の上の子たちも、それから、この先生まれてくるこの子の下の子たちの将来にも、運命にも関わるのよ、分かる?」
右手の人差指をトーヤに向けて何度も振り下ろし、何度も教えたことを覚えられない生徒に厳しく説教する教師のようにリルが言う。
「下の子って、まだ作る気かよ」
思わずトーヤが違う方向に話を向ける。
「ええ、そうよ。ダルのところが5人、この子が4人目。負けるわけにはいかないのよ、まだまだ生みますからね?」
冗談だかなんだか分からない言い方をする。
「ダルにもそんなこと聞いたが、子どもって競争の種じゃない気がするぞ」
「そんなこと思ってないわ。でもね、私がほしいの、もっともっと。たくさん子どもを生んで、そしてこの国を子どもの笑い声でいっぱいにしたいの。アミとそうして約束したのよ。私たちがこの国にできるのはそれだけだってね」
リルはトーヤが何か言う隙も与えず続ける。
「ダルからどう聞いたか知れないけれど、ちょっと曲がって伝わってるとしたら心外だわ。数で競ってるのじゃないのよ? たくさん幸せを手に入れることに遠慮しない、負けない、そう言ってるのよ。アミはちゃんと分かってくれていて、同じ気持ちなのだけれど。ダルはどう言ったのかしら? 場合によってはとっちめてやらなきゃ」
「おい」
トーヤが真剣にダルの身を心配する。
「とにかくね」
リルがもう一度正面からトーヤを向き直り。
「ちょっと、その仮面取らない? ちゃんと顔見せてちょうだい、話がしづらいわ」
全くそんなことはあるまいと思ったが、そう言って睨むもので、トーヤが仕方なく「緋色の戦士セット」を外した。
「あら、案外変わらないわね」
「そっちだって」
「もっと老けてるかと思ったわ」
「なんでだよ」
「なんとなくよ。まあいいわ、あまり変わらないのね」
とにかく、口を挟む隙を与えてくれないのには恐れ入る。
「だからね、私も私の勝手で、私の子どもたちのためにがんばるの。この子はそのお手伝いをしてくれるの。生まれた後で、大きくなってそのことを聞いたら、きっと誇りに思ってくれるわ。分かった?」
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