15 声の主
「モアラ様……」
シリルも同じように青ざめ、少し震えている。
「ええ……」
モアラがシリルの言葉に小さく答える。
「どうしました?」
もう一度、ゆっくりと柔らかい声音でキリエが二人の新米侍女に尋ねる。
「あの……」
モアラがそう言ったまま少し黙り、
「あの、なぜかは分からないのですが、今、とても大変なことを思い出してしまったように思います」
「私もです」
モアラがそう言うと、シリルも言う。
「大変なこと?」
キリエが表情を変えぬまま、ゆっくりと尋ねる。
「はい、あの、あの……」
モアラはエリス様とベルを気にしているようだ。
「ベル殿」
「はい」
キリエが何かを察したようにベルに声をかける。
「少しばかり大事な話ができたようです。わざわざ来ていただいたのですが、一度お部屋にお戻りいただけますか? また後ほどお詫びに参らせていただきます」
「いえ、それは構わないのですが、あの、大丈夫でしょうか?」
ベルがキリエから視線を新米侍女二人に向ける。
二人の令嬢は固くなって手を握り合い、やはり顔色が悪い。
「分かりました、楽しいひと時を過ごせました、また落ち着かれましたらお部屋の方にもいらっしゃってください」
ベルが二人にそう声をかける。
「はい、そうさせていただきます。モアラ、シリル、お礼を」
そう促すと、二人の令嬢がゆっくりと立ち上がり、
「大変失礼をいたしました」
「申し訳ありません」
と、エリス様とベルに頭を下げた。
「いえ、頭をお上げください。どうぞお大事になさってください。奥様」
そう言ってベルがエリス様の手を取り、立ち上がらせると一緒にキリエの私室から廊下へと出ていった。二人が出てくると、ミーヤもフウと一緒に控えていた控室から出て、共に部屋に戻っていった。
「どうだった?」
エリス様ことシャンタルとベルが部屋に戻ってくるとトーヤが尋ねた。
今はアーダはダルの部屋でダルとディレンに付いている。
エリス様の部屋にいるのはトーヤとアランだけだった。
「うん、うまくいったと思うよ」
エリス様がふわっとベールをかき上げて言う。
「ってことはおまえも見たのか?」
「見たんじゃなくて聞いたかな」
「ほう」
「印象がね、薄かったんだ」
「声のか?」
「そう。それで重ねて濃くしていったら、二人共心当たりのある声だったみたい」
「そんなこともできるのかよ、おまえ!」
一度心の中を覗かれ、とてつもなく心がくじけたアランが声を上げる。
「できたみたいだね」
シャンタルがあっけらかんと言うのを聞き、またアランが椅子に座り込んで虚無になる。
「俺、どんだけのことおまえに見られてんだよ……」
自分でも知らない心の奥の奥まで見られたのかも知れないと思うと、それは虚無にもなろう。
「大丈夫だよ、そんなには見てないし。まあ、がんばって見ようと思ったから結構色々見られたけどね」
シャンタルの言葉にアラン終了……
「まあ、今はアランは置いといてだな」
と、トーヤがつれなく話を続ける。
「んで、おまえもその声を聞いて、ご令嬢たちが思い出した相手を見た、じゃなくて聞いた? ん~どっちか分かんねえけどまあ分かったんだな?」
「うん」
「誰だった?」
「セルマだったよ」
シャンタルがはっきりと言う。
「少し声を低くしてたみたいだけど、人って話し方の特徴があるからね。意識して話し方を変えていた部分もあったけど、ほろっと『青い香炉です』って言った声が素の声みたいだったから、それをかさねてみた」
「ふえ~そんなことしてたのかよ、おまえ」
その場にいて、いつ何が起きていたか分からなかったベルが感心して言う。
「うん、まあベールをかぶってたし、分からないよね」
「そうか、そうだよな」
実際はアランの実験の時にも、シャンタルが口に出さなければ何をしているかなど分からなかったのだが、なんとなくベルがそれで納得した。
「しかし、やっぱりセルマだったんだな」
やっと立ち直ったアランが言い、トーヤが答える。
「ああ、はっきりしたな」
「今頃二人のお嬢さんがキリエさんにそれを伝えてるか」
「おそらくな」
まさにその頃、キリエの部屋で、二人の新米侍女が震えながらその事実を伝えていた。
「セルマ様でした、思い出しました」
「ええ、セルマ様の声でした」
二人が声を揃えてそう証言する。
「そうですか」
キリエが淡々とその言葉を受け止めた。
二人の少女は恐怖に震えて侍女頭の次の言葉を待つ。
「フウ」
キリエが控室に向かって声をかけると、フウがすぐに応接へと入ってきた。
「すぐにルギ隊長をここへ」
「かしこまりました」
フウがルギを呼びに行き、ルギが二名の衛士と共にキリエの私室へ来る。
「そうですか、証言をありがとうございます」
ルギが丁寧に二人の少女に頭を下げ、
「ボーナム、お二人をマユリアの宮殿へ。そこでお預かりいただこう」
「え!」
「あ、あの、マユリアのところで、あの」
ルギの言葉にモアラとシリルが今度は違う意味で震える。
「ええ、この国で一番聖なる場所奥宮のマユリアの宮殿です。この証人はそこで保護する必要がある。そして第一警備体制をとり、これまで以上に厳重に奥宮の警護を」
「は!」
隊長の命に、見た目だけは穏やかな、だがその実はかなりの切れ者の副隊長が走った。
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