3 二人の気持ち

「ここに来るまでな、シャンタルを人に戻した後、どうするかってのは考えてないようにしてた」


 トーヤがベルの後を引き取って話し出す。


「考えてもどうにもならなかったからな。実際、来てみたら取次役ってのが幅きかせて、キリエさんの影が薄くなってた。マユリアは取次役に切り離されて、神官長とセルマが皇太子の後宮に入れ入れとせっついてた」


 トーヤがベルにもう一度今までの経過を聞かせるように話をする。


「それで、ディレンがいるからマユリアとラーラ様も連れて家族3人一緒に連れて逃げりゃいいじゃねえか、そう思った。覚えてるか?」


 ベルが泣きそうになりながら黙って頷く。


「そしたらアランに怒られた。他の家族はいいのか、ってな。いいわけねえ、そうなったよな?」


 またベルが黙ったまま頷く。


「そん時にシャンタルが言ったよな、仕事が終わったら俺らはもう用済みみたいに。そんでおまえ、怒ったよな」


 また黙ったまま頷く。


「だからまあ、あいつももう自分のことほっとけ、なんてこたあ言わねえと思う。おまえの気持ちも分かってるし、俺らがそのために色んな事してるのも知ってるしな。けど、まだ肝心の、その家族の気持ちは聞いてねえ。それはなんでかってとな、セルマ、なんてのがうろうろしてるからだ、分かるか?」


 さらに黙ったまま頷く。


「そんだけ分かってんだ、だからもう繰り返すな。感情だけに振り回されんな。気持ちは分かるが、そうやってどうなることもない。俺たちが今できることは、色んな事を準備することだけだ。まずは交代をうまくうまく終わらせる。それが第一目標だ。その後のことは、その時にならねえとどうにもならん。分かるか?」


 こくんと深く頷く。


「やっと、その次の算段がつきそうだってとこまできた。ルギが青い香炉のことでセルマをなんとかしてくれりゃ、その時やっとマユリアとラーラ様にシャンタルが戻ってることを教えてやれる。それまで我慢しろ。そして色んな可能性を考えろ」

「……分かった」


 やっと言葉で答える。


「それにな」


 トーヤが少し表情を変えて話を始める。


「それに、なんだ?」

「この宮も変わってねえようで変わった。同じように人の心も変わることがある」

「人の気持ち?」

「たとえばマユリアだ」

「え?」

「八年前はシャンタルを逃がすために、事を荒立てないように後宮へ行くって返事をしてた。あの頃はその気はなかったかも知れんが、今はそうじゃない可能性もある」

「え、なんで!」

「聞けば、新しい国王ってのは結構な人物らしいじゃねえか。ここに来てうろうろしてる時に街で耳にした話でも、悪く言うやつはいなかったな。まるで王様の見本みたいな王様だ」

「王様の見本?」

「ああ、民のことを考え、家族を大事にして、自分を厳しく鍛え、勉強もして、この国のために生きてる、みたいに言われてた。そんで、親父の方の王様ってのも結構好かれてたみたいだが、比較にならんぐらい名君になるだろうとも言われてたな」

「そんなすげえ人なのか」

「本当のとこは分かんねえけどな。八年前には親父にしてやられた青二才に見えたし」


 そう言ってトーヤがニヤッとベルに笑って見せた。


「それが、また親子でもめてるんじゃねえかってなってた時も、皇太子のとこなら行くんじゃねえか、マユリアだって好きになって不思議じゃねえ人だ、そう言われてた。本当に人ってのは変わるもんだ。だからな、もしも、マユリアが自分の意思で皇太子、てか今は新しい王様か、そいつのとこに行きたいって思ったら、それは行かせてやりゃいいんじゃねえのか?」

「それは……」


 ベルは認めたくないようだった。


 ベルは今でも、シャンタルが「母」と「姉」と一緒に幸せに暮らしてほしい、そう思っていたからだ。


「それとラーラ様な」

「うん」

「ラーラ様はシャンタルだけの『母』じゃねえ。ちびシャンタルの母親でもある。どっちを選ぶかはラーラ様次第だ」

「だって、シャンタルのために死ぬつもりだったんだろ? もしもシャンタルが沈んだままになったら、自分らも同じようにするってラーラ様もマユリアも」

「ならなかっただろ?」

「それは……」

「ってことは、沈まなくていいってこった。ってことは生きてていいって思ってるってこった。違うか?」

「違わない、ように、思う……生きてていいって思っててほしい」

「俺もだ。そしてそう思ってくれてると信じてる。シャンタルは生きてるし、ちびシャンタルもいるしな。大事な子どもたちほっぽって意味もなく湖に沈む、なんて母もおらんだろう」

「うん」

「だけどな、託宣のできないシャンタルがいる」


 そうだ、当代は託宣ができないのだ。そのためにベルの仲間のシャンタルが次代様の託宣をさせたのだ。


「そんな心配な子どもほっといて、上の子と一緒にこの国を出る、なんてするかな」

 

 またベルが沈黙する。


「けどまあ、来てくれる可能性もないこたない、二人ともな。だからできるだけの準備はしとく。それに、もしも来ないっつーてもな、もうちょい手伝いはしてやりたいと思ってる。シャンタルが人に戻ったからもう用はありません、さいなら、ってことはしたくないしな」


 そう話すトーヤをベルがじっと見つめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る