2 逃げる者たち

「ミーヤは、宮の侍女だからな」


 少しだけ上ずった声でトーヤがそう言う。


「なんで? 声かけたらミーヤさんも来てくれる気がするぜ?」


 ベルが不思議そうにそう言う。


「多分ミーヤさんも来たいって! なあ、兄貴もそう思うよな?」

「それは……」


 アランが少しだけ間を空け、


「そう簡単じゃねえだろうよ」

「なんでだよ!」


 ベルが身を乗り出してアランに詰め寄る。


「あのな、ラーラ様やマユリアはここから逃してやらなきゃいけない理由があんだろ?」

「まあ、そりゃ」

「けど、もしもだけどな、マユリアが後宮に入りたいって言ったら、その段階でこの計画はボツ、だ」

「え!」


 ベルはそんなことは思ってなかったようで、驚いて二の句が継げなくなった。


「俺らが勝手に逃げたかろうと思って計画してるだけなんだよ。だからトーヤも戻ってくることも言ってんじゃねえか」

「それは、この宮の中がどうなってるか分かんねえからって言ってたじゃん」

「うん、だからな、それも含めてだ。多分家族は一緒にいたかろうから3人一緒に連れ出すって、それはまあ言ってみりゃあこっちの勝手な想像だ」

「そんな……」


 ベルはラーラ様とマユリアはシャンタルが迎えに来てくれて喜ぶ、一緒に来てくれる、そう思っていた。


「そんな……」


 だが、確かにそうだ。


「交代はな、しなけりゃならねえ」


 アランが妹に言い聞かせるように言う。


「シャンタルとマユリアから神様を抜いて人間に戻す。そんで、次に女神様を受け継がせる。それが最低限やらなけりゃいけないことだ。そこまでがトーヤが受けた仕事だからな」

「うん」

「けどな、その後のことは俺たちの勝手な、なんてのかな、まあ好意? ってか、でしゃばりとか、おせっかい、そんなもんだ」

「うん」

「だから、逃げたいと思ってると仮定して、そんで先のことを考えてんだよ、トーヤは。まだ本人たちの気持ちを聞いたわけじゃねえ。そうなった時のために準備してるってこった」

「そうだったよな……」


 ベルは不満そうにそう答える。


「けどな、ミーヤさんやリルさん、ダルさんがこの国から出る必要があるか?」

「うーん……」


 ちょっとの間考えてからベルが言う。


「ない、よ、な……」

「だろ?」

「うん……」


 認めがたい事実であった。


「なあなあ」

「なんだ」

「シャンタルどうなるんだよ?」

「シャンタルがなんだって?」

「いや、だからさ、家族が、ラーラ様とマユリアが逃げたくない、この国にいたいって言ったら、どうすんだろう?」


 その問題があるから、3人の時にトーヤはその話を持ち出したのだ。


「そうだ、その話をしたかったんだ」

 

 とりあえずミーヤの問題から離れられ、トーヤはホッとして話を続ける。


「俺はさっき言ったみたいに島に3人を預けよう、そう思ってる。こっからだと半月の距離だからな、それぐらいのところだったらなんとかなるだろう」

「って、サガンからここまでまだ10日かかるじゃん」

「その距離だったら馬で5日も飛ばせばなんとかなんだろ?」

「げ!」


 アルディナの東の端の港「ダーナス」へ向かう一月ひとつきほどの強行軍を思い出し、思わず声を出す。


「きつかったよなあ……」

「けど慣れただろ?」

「まあな」

「だから、まあ、なんとかなる」

「うーん」


 ベルが腕を組んで考え、


「なーんかトーヤにだまくらかされてる感じがするけど、そりゃまあ、あの島ならあっちよりそう遠い感じしねえよな」

「だろうが」

「うん」


 まだなんとなく納得できない気がするが、そう言うしかない気もした。


「じゃあさ、マユリアとラーラ様が来ないって言ったらシャンタルをどうすんだ?」


 もう一度聞く。


「あいつは仲間だ」


 トーヤがきっぱりと言う。


「うん、仲間だよな? だからどうすんだ?」

「あいつはラーラ様とマユリアとは違う。この国では生きていけない。居場所がない。だから俺がここから連れ出したんだ」

「うん、知ってる」

「だから嫌だと言っても無理やりにでも連れてこの国を出る」


 トーヤが少し苦しそうにそう言い切った。


「そんで、その後は?」

「あっちに戻るしかねえだろうな」

「その先は?」

「さあなあ、また戦場に戻すか、それとも他の場所に落ち着かせるか。その時次第だ」

「そんで、この国はどうすんだよ? 3人を連れ出したらこの国を落ち着かせるために戻るって言ってたよな? 連れ出せない時はどうすんだ? 連れ出せなかったらもうそれで終わりか? なあ、そうなったらラーラ様たちはどうなんだよ? ちびのシャンタルは? なあ」


 トーヤが返事をせず黙り込んだ。


「なあ、トーヤ」

「おい、そのへんにしとけ」


 アランが妹を止める。


「何もかも交代を終わらせてからのことだ。トーヤにだってなんもかんも分かってるもんじゃねえ」

「それは分かってるよ! でもさ、シャンタルは、シャンタルはどうなんだよ! おれの仲間でダチなんだよ! それが家族ともう会えなくなる。そうなったらどうなんだよ? また会えると思ってあっちでがんばってたんだろ? そしたら、そしたらさ、シャンタルももう行かねえ、そう言うんじゃねえのか? 連れてくったって、嫌だったらもうちびじゃねえんだし、どうやっても行かないって決めたら、決めたら……」


 ベルが俯きながら言葉を途切らせた。

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