第三章 第七節 逃走

 1 逃亡先

 トーヤたちはルギが青い香炉の謎を知り、セルマを追い詰めてくれるだろうと待っていた。

 まさか、自分たちにも疑念の目を向けられているとは知りもせず。


「後はマユリアとラーラ様を逃がす道をちゃんとつけとかねえとな」


 トーヤの予定では、近々セルマは青い香炉をキリエに届けたことが露見して失脚し、それに伴って神官長もシャンタル宮に手を伸ばせなくなるはずであった。


「そうなったらキリエさんが後継者にフウさんを指名して、それで宮も落ち着くだろう」

「なあなあ、そんだけでいいのか?」

「うん?」

「それだけで元に戻んの?」


 ベルが心配そうにトーヤに聞く。


「まあ、完全に戻るってことはないだろうな」

「ほらあ、そんだけじゃだめじゃん!」


 ベルは宮に滞在してる間にシャンタルやマユリア、ラーラ様とも実際に会って話をし、アーダとも親しくなって、宮の住人たちにすっかり親近感を抱いてしまっている。


「けどなあ、とりあえずはそうして交代をうまく行かせて、そんであいつらを逃がすのが目標だ」

「そんで、逃してどうすんのさ? その後シャンタルたちをどこでどうするつもりなんだ?」


 ベルももうすっかり作戦がうまくいき、三代のシャンタルたちを連れ出せているつもりで、さらにその先の心配をしている。


「それなんだがな、うまい場所を見つけたからそこにしばらく滞在してもらおうと思ってる」

「うまい場所?」

「ああ」

「どこだよ」

「島だよ」

「島?」

「おまえも行っただろうが、リル島だ」

「ええっ!」


 トーヤはシャンタルたちをリル島にかくまうつもりをしていた。


「な、な、な、なんで!」

「まあずっとじゃねえ。しばらくの間だ、こっちがすっかり落ち着くまで、あっち行っちまうよりはちょっと近い場所にいてほしいんだよ」

「ってことは」

「ああ、あいつらを島に送り届けたら、もう一度こっちに戻って当代や次代が落ち着いて生活できるような手伝いをする」

「そんなこと考えてたんだ」


 ベルが丸い目をくるくると回し、感心したような呆れたような顔になる。


「おいおい、島にって、島のどこにどうやって預けるんだよ」


 アランが冷静に言う。


 今、この部屋、エリス様の応接室にいるのはトーヤとアラン、ベル兄妹の3人だけだ。


 シャンタルは昼寝の時間で部屋で寝ている。

 ダルとディレンはダルの部屋にいてミーヤが世話係として付いている。  

 アーダはリルとリルの部屋へ行っている。


 最近はちょこちょことリルにアーダを連れ出してもらっている。そうして部屋にいなくても不思議ではない状態を作ってある。もちろんミーヤが付いていくこともある。


「妊婦はずっと寝ていてはよくないの。それで部屋で仕事を少しするついでに部屋を往復したくて」


 そう言って、交代で少しの時間付いてもらっているのだ。


「職人の街があるんだ」

「職人の街?」

「土産物とか作ってる職人ばっかり集まってる一角がある。そこに家を借りて、そこで住んでもらう」

「なんだって!」

 

 アランが驚いてそう言う。


「住んでもらうって、誰と誰に?」

「歴代シャンタル3人にだな」

「大丈夫か、それ……」

「大丈夫じゃねえだろうな」

 

 トーヤがからかうようにそう言って笑う。


「いや、冗談じゃねえぜ? どうすんだよ」

「だからベルに付いてもらう」

「え、おれ!?」


 ベルが回していた目が飛び出しそうなほど大きく見開いた。


「おまえ侍女やってたんだし大丈夫だろ? それにな、ラーラ様はそんなに目立たねえから親子とかって設定で、姉さん2人と4人家族でこっそり住んでろ」

「いや、無茶言うなよ!」

「無茶じゃねえよ」


 トーヤが真剣な顔で言う。


「そういうこともできなきゃ、あいつら、これから先、宮の外へ出てどうやって生きてくんだ?」

「いや、そりゃたしかにそうだけどさあ」

「あのシャンタルにだってできたんだ、できねえはずねえだろ? 戦場行くわけでもねえし」

「いや、そりゃそうだけどさあ……」


 ベルがまん丸だった目を細めて心配そうに言う。


「そんで、俺たちだけこっち戻ってくんのか」


 アランが聞く。


「そのつもりだ」

「なあなあ、ディレンのおっさんは?」

「ディレンは仕事があんだろ? あっちとこっち往復するから、その時に様子見てもらうさ」

「のんきな言い方するよなあ」


 ベルがさらに目を細める。


「まあ永久にあそこに置いとくつもりじゃねえしな。こっちが落ち着いたらまたその先はどうにか考える。ここの状況によっちゃあ、戻ってもらってもいいし。だめならあっち連れてって住処すみか探してやるさ」

「う~ん……」


 ベルが頭を抱えている。


「その落ち着くまで、ってのはどんぐらいのつもりだよ?」


 アランも首を捻りながらそう聞く。


「さあなあ、やってみねえと分かんねえな。何ヶ月かかるか何年かかるか」

「いい加減だなあ……」

 

 またベルがそう言ってため息をつくが、


「あ!」


 そう言って「ぽん!」と右手で左手のひらを叩く。


「ミーヤさんだよ!」

「あ?」

「ミーヤさんにも一緒に来てもらやいいじゃん?」


 ベルがニッコリと続ける。


「ミーヤさんこそ本当の侍女じゃん? だから一緒に来てもらったらさ、おれも安心だしみんなももっと安心すんじゃね?」


 ベルの提案にトーヤがなんとも言えない顔をした。

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