24 解かれた封印
「なるほど」
ルギはアネスの言い分をもっともだと思った。
「ということは、取次役は侍女頭の不調を食事のせいではないと知っていた、そうとも考えられますな」
「それは……」
アネスはキリエが不調になる少し前にセルマがわざわざ来て中身のない話をしていったことと、本来のセルマの性格ならば翌日に一応調べに来そうなものだと思ったこと、その二つを正直に話しただけで、そこまでは考えていなかった。
「いえ、そこまでは考えませんでした」
「分かりました」
ルギもそれで納得する。
だが重要な意見を聞くことができた。
セルマが「らしからぬ行動をした」ということだ。
キリエはルギに最初に食事に『何か』を仕込まれたことは言わなかった。
あくまでルギが知るのは青い香炉のことだけである。食事係に話を聞きにきたのは単にセルマの過去のこと、なにか青い香炉に関わることを知る者がいないか、そう思って来ただけのことであった。
(だが収穫はあった)
もしかすると、キリエの最初の不調もセルマの仕業かも知れない。
薄々思わぬこともないではなかったが、何の根拠もなく、何よりも食事に何か入れられたなら、すぐに命を落とすか、後遺症の程度はあれど、やがては薬が抜けるかどちらかに思えた。
だが、キリエはしばらくの間ぐずぐずと不調が続いていた。
(一度口にしただけで、そんなに長く持続して効く薬物が存在するのか? セルマが侍女たちが控室にいることを確認した後、キリエ様の食事にそれを入れたとしても、その後の不調はどう考えればいい)
ルギは役目上、そのような物に多少の知識はあるが、ゆるゆると効き目が持続する薬物には心当たりがない。
(だとしたら、何か、例えば青い香炉と同じような役割の『何か』が持ち込まれていた可能性があるのではないか)
その「何か」について考えていくと、どうしても「エリス様」に行きつく。
(そうか、そういうことか)
エリス様からの見舞いとして花や茶、つまみ物などが届けられていた。
(あれは、そのことを知って毒抜きのために届けたのであろう)
ということは、すでにその時にはセルマのやっていることに気がつき、陰ながらキリエの身を守りつつセルマをあぶり出そうとしていたということだ。
どこからどう結論づけてそうして動いていたのかは分からない。
(だがあの男は、すでにセルマに目をつけて、この宮の中の平安を守るために動いていた)
その事実をルギは悔しく受け止めていた。
自分はずっとマユリアのおそばにいて、セルマの台頭を目にしていながら、そんなことは全く思いもしなかった。
(俺はマユリアがこの宮を去られた後のことは何も考えていなかった)
その事実に思い当たり呆然とした。
「あの、ルギ隊長?」
アネスが黙り込んでしまったルギを不審に思い、声をかける。
「あ、ああ、失礼した」
現実に引き戻され、アネスに頭を下げて詫びる。
「今のことは取次役にはもちろん報告いたしません」
「さようですか」
思い切ってセルマを告発するような発言をしたものの、そう言ってもらってアネスがホッとした表情になる。
「他の方はいかがでしょう? 何か思い当たることは?」
ルギにそう尋ねられ、アネスが口火を切ったこともあり、その後も侍女が同じような証言をした。
「はい、来られたその夜だったのでよく覚えております」
「私もです」
「はい、そしてアネス様と同じく、来るならその翌日ではなかったのかと思いました」
ルギの隣で第一警護隊長のゼトがそのことを記録していく。
「ご協力ありがとうございます。また何かありましたらお伺いするかも知れませんが、今のところはこれで」
「あの」
アネスがまた思い切ったように声をかけてきた。
「正直におっしゃってください。セルマがキリエ様に何か、例えば薬物か何かを口にするようにして、それでキリエ様がご不調になられたのでしょうか?」
「いえ、そういうことではないのです」
ルギはアネスを諭すように言う。
「私がここに来ましたのは、最初に申しました通り、キリエ様に届けられたという青い香炉の行方を探しているからです。その時にたまたま取次役がその香炉が下げ渡された神具係におられた。それで当時の神具係で移動された方が取次役だけだったので、その前におられたここに話を伺いに来ているだけなのです」
「さようですか」
アネスはホッとしたような、がっかりしたような、そんな表情になった。
いくら今のセルマに思うところがあったとしても、やはり同期、距離が近かった分簡単ではないのだろう。
ルギは食事係の部屋から辞すると、記録係としてきていたゼトを部屋に戻し、記録をまとめておくように言いつけた。
自分の執務室へ戻り、執務机に腰掛けて考えをまとめる。
キリエが自分に食事のことを伝えなかったのは、セルマをかばったわけではなかろう。
食事に何かを入れられていたとしても、その後に長く続いた不調にはまた別の可能性がある。
そうなったら、その時に出入りした「エリス様」たちにも不審の目を向けなくてはならない。
キリエはそうさせないために口をつぐんでいたのだろう。
だが封印は解かれてしまったのだ。
「バカめが」
またルギはトーヤに対してその言葉を向けていた。
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