6 お仕置き
「ふう、のぼせた……」
トーヤがそう言いながら従者用の部屋に付属の湯殿から出て、応接へやってきた。言葉通り、赤い顔をしている。首からタオルをかけ、上半身は裸、下は寝間着代わりのズボンというラフな姿だ。
「だからあ、ベルがいるのにその
アランがさっきのきついげんこつとのあわせ技で、いつより厳しい顔でそう言う。
「だからあ、まだガキじゃねえかよ」
トーヤは意に介さないようにそう言うと、ソファによっとばかりに腰を下ろす。
「はあ、風が気持ちいいな」
シャンタル宮は山の中腹にある。高台にある建物の窓から涼しい風が部屋の中を通り過ぎていき、トーヤは風呂上がりの火照った体を風に任せるようにしてそう言う。
「トーヤ」
シャンタルが奥様の扮装のまま、声をかけながら近づいてきた。
「ん、なんだ?」
「あのね……」
シャンタルはしずしずと近づくと、
ぱかーん!
「いってえ!何すんだよ!」
「中の国」の衣装に隠すようにして持っていた、木の菓子皿でトーヤの頭を叩いた。
トーヤの部屋でベルが使ったのより一回り大きく、叩き方もベルより強かったので、トーヤは一瞬火花を見ることとなった。
「ベルに謝って」
「へ?」
衣装で全身を隠しているので表情は見えない。
話し方も普通なのでどういう感情を持っているのかも分からない。
シャンタルの、こういうところが怖いところだとトーヤはよく知っている。
「ちょっと強く叩きすぎ、もうちょっとで大きいコブになるところだったんだよ?」
「いや、あれは……」
「確かにベルの言い方が悪かったかも知れないよ、でもね、悪気なかったんだよ?」
「いや、それは……」
「謝って」
もう一度短く言う。
「どう、謝れる?」
今度はそう聞いてくる。
「わあったよ……」
トーヤはソファから立ち上がり、さっきのまま、テーブルの前の椅子に座って背中を向けている侍女の扮装のベルに近寄る。
「よお……」
ベルは答えない。
「悪かったな……」
まだベルは答えない。
「あー、痛むのか?」
「シャンタルに治癒魔法かけてもらった」
ぷいっと機嫌悪そうにベルの後ろ姿が答える。
「そっか、じゃあ大丈夫かな」
そう言いながらベルの頭に手を伸ばし、そっと触ってみる。
「うん、コブないな」
そう確かめるといつものようのぐしゃぐしゃとかき混ぜ、
「ごめんな」
短くそう言った。
「トーヤはずるいよな……」
「へ?」
「そうやって謝るじゃん、だったらこっちも許さないわけにいかねえだろ」
背中を向けたままベルがぼそっとそう言う。
「許してくれるのか?」
「そう言ってんじゃん」
「そっか、よかった。ありがとな」
もう一度頭をぐしゃぐしゃにする。
「ベルも許したんならちゃんと顔見てあげて」
後ろからシャンタルにそう言われ、ベルがゆっくりと顔をあげ、
「おれも悪かったよ、勘違いさせるようなこと言ってごめんな」
それだけ言うと、またぷいっと前を向いてしまった。
アランはいつものように黙ってその光景を見ている。
今までも時々あった。トーヤとベルは仲がいいだけ、ちょっと行き過ぎたケンカになることもあった。
そんな時、いつもシャンタルがこうして2人を仲直りさせてきたのだ。兄としてはなんだか複雑ではあるのだが、助かるという気持ちの方が大きい。
アランはベルと実の兄妹なだけに、多少のケンカをしてもそのまま
特に、2人になったいきさつもあり、ずっと強い絆でつながった家族である。決定的に決裂するまでには至らない。
だが、トーヤとベルは家族ではない。それでいて家族同然の親しさから、時に行き過ぎることがある。
それは結構危ういことだ。例えば、仲のいい夫婦だとしても、離れて他人になってしまえばそれまでだ。どこかでお互いに許すということ、元は他人なのだからという意識を持つということは重要なのだとアランは思う。
ベルはまだいい。まだ子どもである。だがトーヤは一体どういうことなのか、と悩んだこともあった。
もういい大人でありながら、なぜかベルにだけは子どものように感情むき出しで本気でケンカをしたりする。
(こういうのも相性っていうのかねえ)
トーヤはシャンタルに対しては、いい意味での空気として扱っている気がする。やりたいようにやらせており、自分もやりたいようにやる。どうしてもだめなことだけ、お互いにだめだと言う、そんな感じか。
その関係が2人にとって一番いいやり方のようだ。自分たちが一緒に生活するようになるまで、2人きりでその形でやってきたのだろう。
自分とシャンタルもそれに近い関係に思える。特に仲が悪いわけではなく、自然に一緒の場所にいる、そんな感じだ。
自分とトーヤは、色々教えてもらっている弟子的立場ではあるが、男同士の仲間、という感覚である。トーヤも一人前に近く扱ってくれているし、まあ、その、ベルに聞かれるとやばいような、男同士のそういう場所に連れ立って行ったりと、一番まともな関係であるように思える。
「俺らがうまくいってるのって、シャンタルがいるからかも知れねえなあ」
突然アランがそう言って、トーヤとベルが驚いたようにアランを見た。
もちろんシャンタルは何を考えているのか分からない。
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