3 詰問

「まあな、話すようなこともなかったってことだよ。わざわざ遠くまで行ってそんなこった、話す気もしねえ、ってとこだ」

「そうか?」

 

 まだ疑わしそうにディレンが続ける。


「特に何もなくてもな、一月も東の大海ひがしのたいかいを旅したってだけでも、いくらでも盛って盛って話できんじゃねえのか? 特に、おまえが乗った船は『ああいう船』だったって聞くしな」


 そう言って笑うのに、トーヤが舌打ちをする。


「なんでそんなことまで知ってんだよ」

「話してくれたヤツがおまえの乗った船のことよく知ってたんでな。で、船の奴らはどうしたんだ?」


 また痛いところを突いてくる。


「さあな」


 そう言ってから、


「そろそろ戻るわ、アランと交代してやる」


 それだけ言うと、いかにも面倒くさそうにその場を離れた。


「まだ来たとこじゃねえか、よっぽど俺と話したくねえらしいな」


 楽しそうにそう言うのに、


「まあな、そう思ってくれて結構だ」


 そういい捨てて船内に戻る。


 船長室は甲板と同じ高さの建物にある。なので甲板からドアを一つ開けて廊下を進めば、すぐ目と鼻の先だ。他の客たちは甲板より下、つまり船底の方に滞在している。なので退屈して、甲板の作業の邪魔にならない程度に表に出てきたがる者が多い。船内の淀んだ空気を吸うよりも、外に出て海風に身を晒す方が気持ちがいいに決まっている


 船底の客たちは、トーヤたちを「あれは何者なんだ?」と興味津々の視線を送ってくる。まだ一度もシャンタルが外に出ていないので余計だ。一度でも垣間見たら「中の国の奥様なら仕方ない」と納得するものなのだろうが、今のところ「謎な客」としか分からない。今も、下から上がってきたそこそこ高年の夫婦らしい男女が、物珍しそうにトーヤをチラ見しながら外に出ていった。


「チッ、なんもかんも面倒くせえなあ……」


 そうつぶやきながら船長室の扉を叩く。


 中からアランが顔を出した。トーヤも室内に入る。


「今度はちょっとアラン息抜きしてこいよ」


 そう言うとベルが恨めしそうにこっちを見る。


「シャンタル、明日か明後日あさってにはおまえも一度外に出てこい」

「いいの?」

「ああ、色々と面倒くさくてたまんねえ」

「何が?」


 トーヤは軽く説明をする。


「ってなわけでな、胡散臭そうにこっちを見るわけだ、他の船客たちが。あまり変な噂が出回らねえうちに、一度奥様を見せておきゃ、あの国ならってみんな納得すんだろう」

「なるほど」

「説明もなしに目つきの悪いのがうろうろしてりゃ、そりゃみんな胡散臭そうにも見るだろうな、おれにも分かる」


 お籠りで鬱憤うっぷんがたまっていた分だと言わんばかりに、ベルがそう言ってさっと頭を避けるが、トーヤは叩くのも億劫おっくうだとばかりに手を出してこない。


「こりゃトーヤの方がおれより重症だな」


 頭を押さえながらベルがつぶやく。


「何かあったのか?」

 

 アランがトーヤに聞く。


「ディレンの野郎がな、俺があっちで何してきたってやたらと聞きたがるんだが、話せるもんでもねえしな」

「ああ、なるほど」

「それも面倒くせえ」 


 トーヤが下を向いて、はあっとため息をつく。


「まあ、今すぐ出て変に勘ぐられても余計面倒だしな、明日にでも出てこい」

「分かった」


 そう話がまとまった。


 翌朝も幸いにいい天気で一日が始まった。


 まだ早い時間、朝食後間もなくにトーヤが甲板で風に吹かれていたら、思っていた通り、今日もディレンが近づいてきた。トーヤがはっきりと分かるように舌打ちをし、いかにも嫌そうにディレンから顔を背ける。


「なんだなんだ、やけにはっきりと嫌そうにするじゃねえかよ」

「当たり前だ」


 楽しそうにトーヤに並んで手すりにもたれかかる。


「そんなに俺にあれこれ聞かれるのが嫌か?」

「嫌に決まってんだろ」


 もう一度舌打ちをする。


「あ、そうだ」


 いかにも話を変える、という感じでトーヤが言う。


「部屋の方がな、一度外へ出てみようかとおっしゃってるそうだ」

「ほう、さすがに侍女がへたってるのを見かねたのかねえ」


 面白そうにディレンが答えた。


「どうだかな、そこまでは知らん。そろそろ飽きてきたのかもな」

「それでいつ頃だ?」

「んーそこまでは聞いてねえ。なんにしろ、ああいう方だからな、言ったもののやっぱりやめるーってこともあるかも知んねえし」

「なるほどな」

「まあ、いっぺん聞いてくるわ」


 そう言ってトーヤがその場を離れようとすると、


「あ、ちょっと待て」


 ディレンが呼び止める。


「おまえ、一体何を隠してるんだ?」

「隠す?」


 トーヤが嫌そうにチラリと見ながら聞き返す。


「そうだ。なんか知られたくないことがあるから、あっちでのことを話したがらないんだろうが」

「俺が嫌なのはな」

 

 トーヤがディレンを向き直って正面から言う。


「そうやってあれこれ詮索せんさくされることだよ。なんもなしに話の流れなら話したかも知れねえがな、あんたこそ、一体俺から何を聞きたい? 顔見るたびにそうやってあれこれ探るみたいによ。え、何が知りたいんだ?」

 

 ディレンが愉快そうに笑って言う。


「そうか、話の流れなら話してくれたか。そんじゃ今度からそうするか」


 トーヤはまた舌打ちし、きびすを返して船内に入っていった。

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