12 先代のこと
「ミーヤ様もダル隊長も、そんな大変な方だったなんて……」
アーダが息を飲んで言葉をなくす。
「いや、そんな全然だよ」
「ええ、大変だなんて全然そんなことありませんよ」
2人が声を揃えて言うが、アーダはどうしていいか分からないような感じだ。
「あの、その4名の方は何をなさったのでしょう?」
ベルがマユリアとラーラ様に尋ねる。
もちろん何があったのかは全部トーヤから聞いて知っているのだが、知っているとは言えない。
何より、何も知らないアーダが置いていかれるということと、マユリアたちがどのように話すかも聞いてみたかった。それで、ここに来る前に、そういう話の流れにしようと相談をして決めていた。
「わたくしもお聞きしたいです、先代とその4名のお話を」
小さなシャンタルが硬い表情でベルに同意する。
「もうずっと前の話なのですよ。ちょうどシャンタルがご誕生になられた頃の話です」
マユリアが語り始める。
「先代はお生まれになってから、本当にまだ日が浅いうちから託宣をなさる、そんな方でいらっしゃいました」
聞いてシャンタルが少しうつむいた。
「ですが、ご成長になられても、わたくしとラーラ様以外の方とはお話しにはなられなかったのです」
「ええっ?」
「わたくしとラーラ様とだけ、心の中でお話しなさっておられたのです」
シャンタルが目を丸くする。
「そんなことがあるのですか?」
「ええ、そうだったのです」
「ええ」
ラーラ様もマユリアの話に
「本当なのです」
マユリアが重い響きを込めてそうつぶやいた。
「とても信じられないような話かとは思いますが、先代はそのような方でした」
すぐに声をかけられないようなマユリアの姿に、誰もが声をかけかねていた。
沈黙がしばらく続いた。
次の言葉を探すが出てこない。
「あの」
ようやくのように口を開いたのはベルであった。
「あの、奥様が、そのお話をお聞きしたい、どうぞお話しいただけませんか、と」
奥様自身がその不思議な本人である。その本人が聞きたいと言っている
「ええ、そうですね。ここまでお話ししたのですから、聞いていただきたいと思います」
またゆっくりとマユリアが語り始める。
「先代は、お生まれになられた時に、まずそのご容貌に、正直、驚くこととなりました」
「銀色の髪の方だったのですよね?」
「ええ、そうです」
「そして、深い色の肌の方だったのですよね、肖像画で拝見いたしました」
シャンタル宮には歴代シャンタルの肖像画が飾られている。古いものから順に、以前トーヤが見たことがある聖なる遺物を保管している宝物庫に片付けられているが、近代10名のものが神殿に飾られているのだ。
「ええ、それは美しい褐色の肌をなさっていらっしゃいました」
「そして緑色の目をなさってるのですよね」
「そうです、深い深い緑色の瞳でいらっしゃいました」
「不思議で、とてもお美しい方だと思いました」
「そうですか、ありがとうございます」
マユリアが小さなシャンタルを愛しそうな表情で見つめる。
「ご容貌だけではなく、その後ご成長なさるに従って、その不思議さはどんどんと増していかれました。まずはお言葉です。まだ1歳になられてすぐのこと、今でもその日のことはよく覚えております」
マユリアが遠い目をしてどこかを見る。
「その日は、お天気のよい冬の日でした。まだご自分では立つのがやっとの先代が、窓の外を見たいとおっしゃったので抱き上げてお連れしました。そして一緒に空を見上げていた時、突然こちらを見て『大雪に備えなさい』そうおっしゃったのです」
「え、1歳の赤子がですか?」
ベルが驚いて聞く。
「ええ、そうです」
マユリアが目をつぶったまま優美な仕草で頷く。
「わたくしも驚きました。先代を見ると、じっとこちらをご覧になって、もう一度『大雪に備えなさい』確かにそうおっしゃって、その後ですぐ、何もなかったようにまた窓の外をじっとご覧になったのです」
「そうおっしゃっていらっしゃいましたね。
ラーラ様も思い出しながらそう言う。
「ええ、急いでラーラ様に報告をして、それから初めての託宣があったことを皆に告げました」
その後は国中が託宣があったことをめでたいと思いながら、内容が内容だけに半信半疑で雪への備えをすることになった。
「リュセルスは温暖な地です、誰もが本当にそんなことがあるのだろうかと疑念を抱いていたと思います。それでも託宣にあったから、とそれぞれがそれなりに備えを整えた頃、本当に記録にすらなかったほどの大雪が降り、皆が託宣に感謝をいたしました」
その日以来、先代はふと思い出したように何かを口にするようになり、それが大雪の時のように
「あの頃から、民は皆、先代の託宣をすべて真実のことと信じ、託宣を忠実に守り、先代の時代、十年間、それは守られ続けました」
「黒のシャンタルの時代」
マユリアは口にはしなかったが、トーヤの脳裏にはその言葉が浮かんだ。
誰もが「黒のシャンタル」を信じながら、それでもいつも通りの時代を望む者も少なからずいた、そんな特殊な十年という月日であった。
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