19 副隊長 

「ちょ、ちょ、ちょっと待て! 俺が副隊長って、なんでだ!」


 びっくりし過ぎて声が上ずる。


「だから名目だけと申し上げたでしょう?」


 ミーヤが静かに言う。


「いや、名目だけって言ってもそりゃ……」

「ダルの発案です」


 ミーヤの説明によると、月虹兵の人数が増えてきた時に、やはり「トーヤとは誰だ?」と思う者が出てきた。それは当然であろう。

 それで隊長になったダルがトーヤを副隊長に任命し、任務のために世界中を飛び回っている、ということにしたのだそうだ。


「嘘ではないですし、それで一応落ち着きました」

「そ、そうなのか」


 知らぬうちにそんなものに任命されてしまっていて、トーヤは声も出ないほど驚いたが、理由を聞いて少し落ち着いた。


「ダルは、変わってねえんだろうな」

「ええ、全然変わってませんよ、父親となった今でもね」


 そう言ってミーヤがクスリと笑った。


「父親って、子どもがいるのか!」

「ええ、結婚してもう何年ですもの、子どもぐらいいてもおかしくはないでしょう?」

「そうか、ダルが親父か、そうか……」


 そう言ったが、トーヤの心中は穏やかではなかった。


『ミーヤさんダルとできちゃったってこと?』


 ベルの言葉が胸の奥でこだまする。


「そんで」


 なんとか言葉を絞りだす。


「あんたは今、幸せなのか?」

「私ですか?」


 ミーヤがきょとんとした顔をする。


「ええ、おかげさまでそれなりには」

「そうか、そりゃよかった……」


 口ではよかったと言いながら、トーヤの様子は言葉とは裏腹にしか見えない。


「そちらこそどうなんですか?」

「俺がどうした?」

「いえ、今はお幸せなんでしょう?」

「は?」


 トーヤが意味が分からないという風にミーヤを見る。


「違うのですか?」

「幸せかどうかか、そんなこと考えたこともなかったな」


 言われて考えてみる。


 思えばこの八年、そんなことを考えたことがなかった。シャンタルを連れて仕方がなかったとはいえ戦場に戻り、そこでアランとベルを拾い、それからは4人で戦場から戦場へと渡り歩いていた。そして託宣に従ってこの国に戻ってきた。


「まあ、楽しくはあったが、幸せだったかどうかは分かんねえな」

「失礼ですね」


 ミーヤが冷たい目でそう言う。


「は、なんで?」

「一緒にいる方に失礼でしょう、そんな言い方」

「いや、そう言われてもだな」

「そんなことをおっしゃる方だとは思いませんでした」


 ミーヤが目を伏せて不愉快そうにそう言う。


「俺はあんたとは違うからな」


 ムッとした顔でトーヤが言い捨てる。


「私が、なんですって?」

「あんたはそりゃぬくぬくと幸せに浸ってたかもしんねえがな、こっちは必死で生きて、そんで必死でこっち戻ってきたんだよ、そんなこと考えてる暇もなかったな」

「ぬくぬく……」


 ミーヤがムカッとした顔で言う。


「私がぬくぬくって、人がどんな思いでこの八年を過ごしていたかもご存知ないくせに!」

「あんただってな、俺がどんな思いでいたかなんて知りもしねえだろうが、え!」


 ものすごく険悪なムードになってきた。


「それで……」


 ミーヤが悔しそうに顔を背けながら言う。


「それが大切な話なんですか?」

「は?」

「ベルさんが、大切な話があるから来てくれとおっしゃるから来てみれば、そんなひどいことを言うのが大切な話なんですか……」


 ミーヤの瞳にうっすらと涙が浮かぶ。


「泣きてえのはこっちだよ……」


 トーヤが小さい声でぼそっと言う。


 人が八年の間必死に生き延びて、それで約束を守って戻ってきてみれば、ミーヤはどうやら親友の妻となって子どもまでいるらしい。

 

 小さくだが、思わず言葉が口をつく。


「待っててくれるって」

「え?」

「いや、なんでもねえ……」


 ぷいっとよそを向く。


「まあ、大切な話だよ、仕事の話だ。俺の気持ちだのなんだの関係ねえからな」

「そうですか、じゃあお聞きします。お仕事の話なら、私の気持ちなんて関係ないですから」


 お互いによそを向いたまま話を続ける。


「今、この宮の中、どうなってんだよ」

「どうとは?」

「キリエさんが奥宮からはじき出されてんだろ、取次役たらいうやつのせいで」

「それですか……」


 聞いてミーヤがふうっと息を吐く。


「はっきりと申し上げて、あまり穏やかとは言いにくいですね」

「やっぱりそうか。で、あんたはどっちなんだ?」

「どっちとは?」

「取次役派なのか侍女頭派なのか」

「そんな派閥があるわけではないですが、今はセルマ様のお仕事を手伝っています」

「そのセルマってのが、取次役ってやつだな」

「ええ」

「そんじゃ、キリエさんとはどうなってんだ」

「しばらくお話しておりませんが」


 まさかミーヤが取次役派だとは思わなかった。ミーヤがそっちに付いているのかと思うと、軽く失望を感じた。


「じゃあ、あんまり話することもねえのかな。まさかあんたがキリエさんと対立してるとは思いもしなかった。なんもかんも俺の思ってたもんとは違う」


 トーヤがため息をつく。


「対立って、私が誰とですか?」

 

 ミーヤが驚いて目を見開く。


「え、キリエさんとだよ」

「なぜです?」

「え、だって取次役のところで仕事してるんだろ? そんでキリエさんとは話もしてねえって」


 トーヤが横を向いたままそう言った。

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