20 言い争い

「何をおっしゃってるんです? どうして私がキリエ様と対立を?」

「え?」


 トーヤが驚いて聞き返す。


「だってな、取次役のところで仕事してるんだろ?」

「ええ、キリエ様の命で」

「は?」

「セルマ様が、新しく入る行儀見習いの侍女の教育係を寄越してほしいとおっしゃったそうで、それで私が担当することになったのです」

「ああ、あの集団がそうなのか」

「はい。ちょうどあなた方がいらっしゃった日ですが、キリエ様の元へ見習いの侍女たちを案内したら、一度教育係をやってみるようにと言われ、それから今日までお話する機会がないというだけです」

「なんだ、しばらくってたった10日かよ」


 トーヤの言い方にミーヤがまたムッとした顔になり、


「そうですね、八年と比べると短いですね。本当に八年は何もかも人を変えてしまうのに十分な時間のようですし!」


 そう言い返し、今度はトーヤがムッとした顔で、


「ああ、本当にな、俺もまさかこんなに変わっちまってるとは思わなかったよ!」


 と、言い返す。


「誰がですか!」

「誰って言わないと分かんねえみたいだな!」

「ええ、分かりませんね!」

「この!」


 フン、っと2人でお互いを睨みつける。


 こうしてこの部屋で睨み合っていると、八年前にも同じようにしたことがあった、と思い出す。些細なことでよくこうして口論になったものだった。


 あの頃の口論は楽しかった。

 何を言い争っても、最後は笑って終われた。

 だが今は違う。


「もう、やめよう……」


 トーヤがそう言うと苦しそうに横を向いた。


「あの頃とはもう変わっちまったんだよな、お互いに。こんなことしてたら変わってないみたいに勘違いしちまう」

「ええ……」

 

 ミーヤも下を向く。


 もうあの頃の二人ではないのだ。

 どっちもがそう考えていた。


「それで」


 やっとのようにミーヤが言う。


「仕事の話、ですが……」

「ああ……」

「一体何を聞きたいんです? 何を言いたいんです?」

「ああ」


 トーヤがふうっと息を吐き、気分を変えるように言う。


「あいつがな」


 わざと名前は出さない。出さなくても通じる。


「次代様がいらっしゃる、そう言ったから戻ってきたんだ」

「え?」


 ミーヤが驚く。


「なんだ、知らなかったのか?」

「はい」


 宮の中でもまだ一部にしか知らされていないのか、ミーヤは知らなかったようだ。


「それで予定より二年早く戻ることになった」

「そうですか……」


 本当なら、短くなった二年分、早く会えた二年分、うれしかったはずなのにな、トーヤはそんなことを考えていた。


「それで、前の、八年前にできなかったことをやるつもりだ」

「交代の時にですか」

「そうだ、その時にしかできねえからな」

「そうですね」


 沈黙が落ちる。


「キリエさんは」


 言葉を探すように言う。


「俺のこと、気がついてた」

「え?」

「奥様ご一行が宮に助けてってきた時にな、一目見て俺のことが分かったらしい」


 少し嫌味を込めたように言う。

 あんたはすれ違っても気づかなかっただろ?

 もう俺に興味なんてねえもんな。

 そういう気持ちだった。

 

 もしかして、変わっていなければあの時に、廊下ですれ違った時に気がついてくれてたんだろうか。そんなことも思った。


「それでキリエ様は?」

「ああ、今は知らん顔してる」


 ふっとトーヤが笑う。


「どうやら宮の中がややこしくて、それで上には知らせないようにそうしてるらしい」

「そうですか」


 また沈黙が落ちる。


「それで、私にどうしろと?」


 ミーヤが感情を込めない声でそう聞く。


「いや、あんたが前と同じなら、なんか力になってもらえんじゃねえかと思ったんだがな、まあ無理みたいだし、聞くだけ聞いたらもう忘れてくれ」


 力なくトーヤがそう言った。


「どういう意味です?」

 

 傷ついたようにミーヤが聞く。


「私が一体どう変わったと?」

「変わったじゃねえか」

「ですから、どう変わったと? 変わったのはそちらでしょう?」

「俺が?」

「ええ」

「どこがどうだよ?」

「さあ」


 ミーヤの冷たい言い方にまたカチンときた。


「俺は自分では一切変わった気はしねえんだけどな。まあ、そう見えるってのなら、見るほうが変わったんだろうよ」


 今度はミーヤがカチンとくる。


「ご自分のことをおっしゃってるんでしょうね。私は変わったつもりはございませんし!」


 そう言ってガタリと音を立てて立ち上がる。


「では、私もキリエ様と同じく、知らぬ顔をしておきます。これからは宮ですれ違っても中の国からのお客様、話もしたことがない方たち、そういたします」


 言い切られ、トーヤが驚いて顔を上げる。


 ミーヤが目にいっぱい涙をため、


「では失礼いたします。もう話すこともないお方、さようなら!」


 そう言って衣装をひるがえすように扉の方へと体を向けた、と……


「待てよ!」


 思わず、トーヤの左手がミーヤの右手を掴んでいた。


「なんですか? もう用はないのでしょう? だったら離してくださいな」


 向こうを向いているので表情は見えないが、涙声になっている。


「なあ、なんで泣くんだ?」


 トーヤが思わず聞く。


「ほっといてください!」

 

 強く言い、


「もう、あなたには何も関係がないのでしょう? 私が泣こうが怒ろうが。八年ですっかり変わってしまったあなたには……」


 それだけ言うと肩を震わせて静かに泣き出したのが分かった。

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