21 幸せと不幸せ
「あんた」
トーヤが一度息を飲んでから言う。
「もしかして、今、幸せじゃねえのか?」
後ろを向いたままのミーヤがしばらく黙ってから、
「今までが幸せだったか不幸せだったかは分かりません、そんなこと、考えたこともありませんでしたし。ですが、たった今、不幸になりました……」
そう言う声が震えている。
たった今不幸に?
トーヤは混乱していた。
今、何があって不幸になったって言うんだ?
結婚して幸せに生活しているのなら、自分が何を言おうと関係ないではないか。
今、自分が言ったことに不愉快になったのなら分かる。
自分は明らかにミーヤに、今のミーヤの状況に当てこすった。
だが、不幸になったとは何事なのか……
「なあ、もしかして、ダルとうまくいってないのか?」
思い切ってトーヤは聞いてみた。
「え?」
ミーヤが振り向き、涙を浮かべた目が丸く開かれる。
「どうしてダルが関係あるのですか?」
「え?」
今度はトーヤが目を見開く。
「いや、だって、幸せじゃないって言うから、ダルとうまくいってないのかなと」
「だから、どうしてダルが関係あるんです?」
どうしてと言われても……
「いや、だって、ダルとうまくいってんのなら幸せだろうから、不幸だってのなら、そうじゃねえのかなと」
「ですから!」
ミーヤが焦れたように声を大きくする。
「どうしてダルが関係あるんです?」
三度目だ。
「いや……」
なんだろう、何かが違う気がする。
「いや、あのな……」
トーヤは言葉を選ぶ。
「俺は、ダルはいいやつだと思ってる。だから、あんたを不幸にするようなやつじゃないって思ってた。だが、あんたは違うって言う。ってことは、ダルがあんたを幸せにできてないってことだろ? なあ、一体何があった?」
ミーヤが顔をしかめた。
「意味がわからないのですが……」
「うーん……」
トーヤが考え込むと、ミーヤも何かが違うと感じたようだ。
「お聞きしたいのですが、どうしてダルが関係を?」
そこなのだ。
トーヤは問題の
だがミーヤはダルは関係ないと言う。
「一体、何がどうなってんだよ……」
「お聞きしたいのはこちらです……」
2人とも沈黙する。
しばらくの間気まずい空気が流れた。
「あの」
「あの」
同時に口を開き、黙る。
「あの」
ミーヤがもう一度同じ言葉を口にした。
「お聞きしたいのですが、一体どうしてダルが私を不幸にするのですか? ダルはとてもいい人だと思います。おそらく、あなたが知っていた八年前のダルと変わっていない、あのままの人ですが」
そうなんだろうな、とトーヤも思う。
「俺も、あいつはそんな簡単に、例えば隊長なんぞと祭り上げられても、それでのぼせ上がって人が変わってしまうようなやつだとは思ってねえよ。だから、あんたが不幸だってのが分からねえ。でも、人と人との関係ってのは分からねえからな。あんたとだけ、うまくいかないってこともありえる」
「いえ、ダルとはとてもうまくいっていますよ、今でもいいお友達です」
「お友達?」
「ええ」
「え……」
夫婦じゃないのか?
「ってことは、ダルは、リルと一緒になったのか? そんじゃあんたは誰と?」
「何をおっしゃってるんです?」
ミーヤは心底から呆れた顔になった。
「ダルはアミと結婚しましたよ」
「え、アミちゃんと!?」
「ええ、あなたもご存知のはずでしょうに、あの2人がどれだけ慕い合っているか」
「いや、いや、それはそうなんだが……」
それが自然だ。ダルはアミだけを一途に思い、その思いを成就させ、あれだけ幸せそうに結婚すると言っていたのだ。
「じゃあ、えっとリルは?」
「月虹兵のお一人と」
「じゃあ、あんたは?」
「だから、どうして私なんです?」
「え?」
トーヤは混乱していた。
「あの、アロさんがな……」
「リルのお父様がどうしました?」
「いや、あの、リルと同期の、月虹兵の係の、応募で入った侍女が、月虹兵と一緒になって、外の侍女、ってのになったって……」
「ノノのことですか?」
「の、ノノ? 誰だ、そりゃ」
聞いたことがない名前にトーヤはさらに混乱する。
「ですから、私とリルの同期で、月虹兵と結婚して外の侍女になった子です」
「ええっ!」
トーヤは体中の力が抜けた。
「じゃあ、アロさんが言ってた侍女って、あんたじゃ……」
「違いますよ」
ミーヤがきっぱりと言う。
「じゃあ、あんたはどうしてんだ?」
「何も変わっておりませんが?」
「え?」
「係は変わってますが、今もずっと宮にお仕えする侍女です」
トーヤがその場にへなへなとへたりこんだ。
「ええっ!」
座り込んだトーヤにミーヤが驚いて駆け寄る。
「大丈夫ですか!」
「あ、ああ……」
違うのかよ! 全部勘違いかよ!
「いや、お笑いだ……」
「え?」
ミーヤは変わってなかった。
八年前のまま、今も宮に仕える侍女のままだった。
誰かの妻にはなってなかった。
誰かの母にもなってなかった。
「いや、なんてか、いや……」
そう言ってトーヤがくすくす笑い出した。
「何がそんなにおかしいんですか?」
「アロさんの話を聞いて、あんたが外の侍女ってのになったと思ってた」
「どうして」
「同期は5人と言ってただろ? それで月虹兵の係で応募の侍女って、あんたしかいないと思ったんだ」
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