第二章 第四節 おかえり、ただいま

 1 勘違いの理由

「どうしてそんな勘違いをされるんでしょう」

「いやな、その上ベルが……そうだ、あいつだよ!」


 トーヤがハッとして言う。


「ベルさんが、どうしました?」


 ミーヤの顔が固くなる。


「いや、あいつがな、あんたとダルができたのかって」

「できる、というのがよくわからないのですが」

「分からねえのかよ!」


 トーヤは忘れていた。ここはシャンタル宮、俗な世間とは少しばかり常識が違うのだ。幼い、世間を知らぬ頃から宮に入り、ずっと神聖な宮に仕えるだけの侍女には分からぬことであったか。


「リルだったら分かるんだろうなあ」


 そう言うとトーヤはくすくす笑い出した。


「できる、ってどういう意味です?」

「あーそれな」


 ちょっとトーヤは考えたが、


「まあ男女の仲になる、ってことかな」

「まあ……」


 ミーヤが少し恥ずかしそうに下を向く。それはなんとなく分かったようだ。


「あいつが、ベルがそういう言い方するもんで、それでてっきりあんたがダルと結婚したんだとばっかり」

「呆れますね」


 ミーヤが真剣に呆れ顔になる。


「いや、言われてみりゃ、あいつがアミちゃん以外とそういうこと、ありえねえよなあ」

「そうですよ」


 ほおっとため息をつき、ミーヤが言う。


「そうですか。そしてあなたは、その、ベルさんと、それってことなんですね」

「何がだ?」

「いえ、あの」


 言いにくそうにしながら、


「できる、ってやつです……」

 

 恥ずかしそうにさらに下を向く。


「なんでだよ!」

「だって」

「あ、ああ!」


 トーヤは思い出した。

 ベルが勘違いするような言葉を口にしたことを。


「それだよ! 勘違いだよ!」

「勘違い?」

「そうだよ、あいつがあんな言い方するから!」


 トーヤがしかめっ面で言う。


「違うのですか?」

「違うって」

「じゃあ、一緒に暮らしているというのは」

「あ、それは本当だ」


 ミーヤが黙ったまま表情をなくす。


「けど2人きりじゃねえからな」

「え?」

「考えてもみろよ、あいつがいるのにベルと2人っきりで暮らすなんてできるはずねえだろ?」

「え?」


 言われてミーヤも思い出す。


「あ……」


 確かにそうだ。

  

 そもそもトーヤはこの国をシャンタルと2人で出ていったのだ。それから2人で暮らしていたのだから、最低でもベルを入れて3人である。


「じゃあ……」

「三年前にな、戦場であいつがベルと、その兄貴のアランを拾ったんだよ」

「戦場!」

「ああ、色々あってな、結局戻ることになっちまった」

「戦場に……」


 ミーヤの顔色が変わる。


「アランが死にかけててな、それを助けてくれってベルがあいつに言ってきたんだよ。それを助けて、それからずっと4人で一緒だ」

「そうだったのですか……」

「第一な、あいつ、ベルな、まだ13だぜ?」

「ええっ!」


 思ってもみなかった。


「え、え、でも、そんな年には」

「そりゃ中の国の侍女の振りすんだ、それっぽく作るだろうよ」


 トーヤが楽しそうにそう言って笑う。


「そ、そうなんですか……」


 言われてミーヤもなんとなく思い出す。


 中の国の侍女だと思って話をしていた時は、話し方も上品で、少し俯きがちに話をしていたもので10代後半ぐらいだと思っていた。だが、いきなりくだけて「おれ」と言ってたいたあの姿、確かに10代前半と言われると納得できる。


「じゃあ、ベルさんは」

「妹か娘みたいなもんだな。フェイみたいな感じだよ」

「そうだったんですね」


 なぜだろう、心底ホッとした。


「てっきり奥様か、それに準ずる方なのかと思ってしまっていました……」

「んなはずねえだろ!」


 そう言ってトーヤがミーヤをじっと見た。

 ミーヤもトーヤをじっと見る。


 どうしてそんなはずがないのか。

 ベルの年齢が若いというだけではなく、相手が誰でもそんなはずがないだろう、そう思った。


「えっと……」


 トーヤが少し横を向き、なんとなく照れくさそうに言う。


「勘違いしてた、ってことでいいのか、な?」

「ええ……」


 ミーヤも少し横を向き、なんとなく照れくさそうに言う。


「お互いに、ですが……」


 2人ともなんとなくお互いを見ることができなかった。


 しばらくの間沈黙。

 何をどう言えばいいのか分からない。


「えーっとな……」


 ようやくトーヤが口を開く。


「はい……」


 ようやくミーヤが答える。


「まあ、なんだ、色々ややこしくなっちまったけど、なんか、色々話することがあるんだよ」

「はい」

「だから、えっと、どうやってこれからあんたと連絡取ればいい? できれば客殿の部屋に来てもらえば一番いいんだが」

「それは少しむずかしいです」

「なんで?」

「今は、あまり客殿へは近づかないようにと言われてます」

「なんでだ?」

「中の国から来られた方には色々と事情があるので、必要のある者以外はあまり足を運ばぬように、とキリエ様からご指示がありました」

「そうだったのか」


 キリエらしい配慮だと思った。不自由をさせぬよう、自分が選んだ最低限の侍女だけを配置し、それ以外の者はよせつけない。「エリス様」の秘密を守るためにも必要なことだ。


「まあ、興味本位で覗きに来るやつもいるだろうしな」


 トーヤはあえて軽い方の理由を口にした。

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