12 変わる夢
「ルギ?」
マユリアが心配そうに忠臣の顔を見つめた。
「あ、いえ、なんでもありません」
(俺は、俺はなんということを……)
ルギは自分の心を恐ろしいと思った。
『どうあっても俺があの方のための存在であればそれでいいのだ、永遠に俺はあの方のものなのだ』
『俺の気持ちよりマユリアのお気持ちの方が大事だ』
嘘ではない、本当にそう思っていた、そして今も思っている
自分はマユリアのためだけに存在する。
マユリアがどうなさろうと、何をおっしゃろうと、その言葉にがっかりするなど、あってはならないことだ、ありえるはずがない。
『今の当代の任期が終わってシャンタルとマユリアの受け渡しが無事終わったら、ラーラ様と二人で聖なる湖に沈むつもりだった』
いきなりその言葉を思い出した。
『なあ、あんたさ、一回でもマユリアにどうしたいか聞いたことあんの? マユリア、あんたに自分がどうしたいって言ったことあるか?』
またその言葉も思い出した。
(もしも、お言葉の通りにマユリアがラーラ様と共に湖に沈みたい、そうおっしゃっても、そうなさっても、俺はマユリアのお気持ちに従う、そうすることができるのか?)
いや、無理だ、できない。
ルギはマユリアが冷たい湖に沈むところを想像もできないと思った。
あの時、静まる湖に沈む二人をじっと待っていた時のあの時のことを思い出す。
見守ることしかできなかった。
運命に選ばれた二人に任せることしかできなかった。
もしも、マユリアにそのようなことがあったとして、その時にじっと見守るしかできないとしたら、それは、
(俺がマユリアの運命とは関係がない者ということになる)
初めてそのことを自覚したように思った。
そしてそれを嫌だと自覚をした。
「あの」
「え?」
一度何もなんでもないと言った言葉を自ら訂正する。
「海の向こうへ行ってみたい、そうおっしゃったと……」
マユリアは一度驚いた顔をしてから、
「ミーヤですね」
そう言って、ふうっと優しく笑った。
「ええ、そのように申したことがあります。そう、あれは先代から当代への交代を控えていた時でした。何か夢はないのかと聞かれ、海を見てそう思ったこともあった、そう申しました」
「はい」
ルギはマユリアが正直に認めてくれたことに安堵した。
「今は、今もそうお思いではないのですか?」
「今、ですか?」
「はい」
「今……」
マユリアは少し考えるようにしたが、
「人の想いは変わるものです。今は、人に戻った
そう答えた。
「そうなのですか」
「ええ」
マユリアは優しくルギに微笑みながら続けた。
「そして海の向こうに行きたいと申したこと、それは、今思えば夢であったかどうかも分かりません」
「え?」
「そう、宮からはリュセルスの向こうに広がる海が見えます。その海を見て、誰しもが一度はあの向こうはどうなっているのだろう、そう思うことがあるのではないですか?」
「それは」
あるようにルギは思った。
「ある、かも知れません」
「ええ、それと同じことです。広がる空を見て、空の向こうはどうなっているのだろう、そう思うこともあります。それはでも、夢と同じかどうかまでは分かりません」
マユリアの言葉に嘘はないと思った。
自分も空を見て、海を見て、その向こうがどうなっているのかと考えたことはある。
ルギはカースにいた頃、漁師の見習いとして海に出ていた時のことを思い出した。
祖父と父と、兄二人、それから叔父に付いて一生懸命仕事を覚えようとしていたあの頃、凪の海の向を見て、あちらにも国があるのだと聞いたことを思い出し、一度行ってみたいものだと思ったことがあったと思い出す。
マユリアもそうだったのだろうか。
(いや)
ほとんど確信のようにルギは思った。
(違う、多分違う)
マユリアですら気がついていないだろう心の奥で、きっと何かきっかけがあったのだ。
(それは……)
あの男ではないか?
あの、海を超えてこちらに流れ着いたあの男。
あの男に海の向こうを見たのではないのか?
あの時、八年前にはあの男がいた。
だから、マユリアはその男を通して海の向こうを夢見たのではないのだろうか。
そう考え、ルギは息苦しくなってきた。
「ルギ? どうしました?」
様子が変わったルギを気遣うようにマユリアが声をかける。
「いえ、申し訳ありません、大丈夫です」
「そうですか? ならいいのですが」
マユリアは小さく甘い吐息を吐くと、
「おまえにも心配をかけてしまいましたね、もういいですから下がりなさい。そしてゆっくり休みなさい。わたくしもシャンタルのところへ戻ります」
「はっ……」
ルギは大人しく言われるまま、マユリアの応接を辞して廊下に出た。
扉を閉め、自室へと向かって歩き出す。
マユリアが一人の男に抱きしめられ、船で大海原に漕ぎ出す姿を思い浮かべてしまう。
マユリアが幸せそうに微笑み海の遠くを見つめている、共に海の向こうへ向かっている。
「もしも……」
ルギがふっと一言口にして残りの言葉を飲み込んだ。
(あの男がこの国に戻っていることを知ったら、マユリアの夢は変わるのではないのか)
との言葉を。
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