3 初恋

「兄貴……」


 気持ちが分かるだけに、ベルも何も言えずにアランを見つめる。


 しばらくの間、2人は黙ってそうして座っていたが、


「あー、腹立つ!」

「びっくりした!」


 ベルではなく、アランがそう言って自分の両手で両膝を叩き、そんな感情的な兄の姿をあまり見ることがないベルが驚く。


「腹立つなあ……」


 アランはもう一度そう言うと、


「そうだろうが! 俺たちをこんだけ悩ませといてな、今頃トーヤは俺たちのことなんぞ考えることもなく旅の準備に走り回ってんだよ! そんでシャンタルはどうだ? あいつ、自分が一番渦中かちゅうの人間、いや、神様か? まあどっちでもいいけどよ、そのくせに今頃のんきにぐうぐう寝てるんだぜ? 腹立つ!」


 と、また両手で両膝を叩いた。


「シャンタルはずっとあんなだからな、しゃあねえよ」


 思わずベルが吹き出す。確かにシャンタルに関しては、どこか一本神経の線が切れているような、そんな感覚はずっとあった。


「あんな生き方してきて、よくあ~んなのんきでいられるよな」

「まったくだ……」


 アランは腹立たしくてしょうがない、という風に返す。


「ってか、おまえもだ」

「へ?」

「よくあんな話聞いてそんだけでいられるよな」

「いや、そう言われても……」


 妹のあっけらかんとしたところも気にさわる。


「言い出しついでに聞いとくぞ、おまえ、トーヤが好きだろ」

「へ!?」


 ベルが驚いて飛び上がる。


「だから付いていきたいと思ってる、違うか?」

「…………」


 アランはいつからか気づいていた、ベルの気持ちに。ベルがトーヤに恋心を抱き、それで何かあるとつっかかっていったり相手になったりするのだということに。


「なあ、そうなんだろ?」

「うーん…………」


 ベルはどう言っていいのかと言葉を探る。


「兄貴、あいつ、トーヤな」

「うん」

「もてねえだろ?」

「は?」

「女好きのくせにさ、もういい年になってんのに女っ気ねえじゃん」

「あ~、まあ、そうかなあ」


 えらい言われ方だなと思いながらアランも認める。


「まあ、おれたちがいるからかも知んねえけどな。そんでさ、このまま一生一人なのかな、もしもこのままずっと一人で年とってくんなら、まあおれが嫁さんになってやってもいいか、って、そんな風に思ってた」

「おま……」


 アランは妹の告白に驚いた。好きだと思っているかもとは考えていたが、まさかそこまでとは……


「だけどな、違ったんだよ。トーヤにはな、もういたんだよ、心に決めた人がさ」


 そう言ってベルがちょっとさびしそうに笑う。


 トーヤは色々な話をしている間、特にそういう話をしてはこなかった。必要なことだけ話しているつもりではあったのだろう、個人的なミーヤとの約束だとか、形見の指輪を渡したこと、そんなことは一切話さなかった。


「だけどな、分かっちまったんだよ。ああ、今でもずっと変わらず好きなんだなあ、って」

「ベル……」


 しばらく沈黙が落ちる。


「そんでおまえ、どう思ったんだよ」

「うーん、それがなあ」


 気難しそうに額の間にシワを寄せる。


「なんてのかな、ちょっとさびしいなとは思ったんだけど、それよりも、よかったって思う方がでかかった」

「そうなのか?」

「うん、不思議なんだけどな」


 ふうっと息を吐き、明るい顔で言う。


「会わせてやりてえなあ、その人にって思っちまった。いや、本当に」


 アランは黙って聞いている。


「そんで、なんとなく、おれの気持ちってあれに似てるんじゃねえかなと思った」

「どれだよ」

「よくあるだろ、女の子がな」


 と、胸の前で両手を組み合わせ、


「あたしぃ、大人になったらパパのお嫁さんになるう~」


 目をつぶってふりふりと上半身を左右に振り、


「ってやつな」

 

 そう言って大笑いする。


「おまえ」


 はあ、おかしいとベルは一息つき、


「多分、それだった気がするな」


 アランはベルをじっと見て、その気持ちに嘘がないようだと感じた。

 

 思えば不思議な話ではない。ベルは幼い時に父親を亡くし、本人も言っていたように兄2人以外の男は全員怖い対象でしかなかった。そしてアランを助けてもらって以来、ずっと家族のように一緒にいた、初めて身近にいた「男性」がトーヤであった。

 フェイがそうだったように、トーヤに父親を見て、そしてそういう「初恋」をしていたとしても自然なことであるのかも知れない。

 トーヤよりも年近いシャンタルの方は、どちらかと言うと性別を感じさせない、それどころか人間より精霊のような存在だったので、そういう対象にはなり得なかったのだろう。


「会わせてやりたい、そんでおれもどんな人か会ってみたい」

「そうか……」


 アランはベルをじっと見て、


「それでおまえは構わないのか?」

「何が?」

「トーヤがその人と再会して、そんでうまくいったとしても」

「ああ。ってか、うまくいってほしいよなあ」


 ニッコリとしてそういう妹にアランが、


「おまえ、結構いい女だな」


 そう言うとベルが、


「なんだよ、今頃気づいたのかよ」


 そう言ってから、


「まあな、気づいてくれたのはいいけどよ、兄貴とは血がつながってるから嫁にはなってやれねえからな? 孤独な老後迎える前に、とっとといい人見つけろよな?」


 そう言ってアランに頭をはたかれた。

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