12 二つの勢力

「俺もトーヤの言う通りだと思うぞ」


 悩むベルにアランも言う。


「とりあえず、おまえがアーダから色々聞いてくれたことで俺らは助かってる。それは分かるだろ? そんで、それは今、この面子の中じゃおまえにしかできないことだ。分かるか?」

「うん……」

「おまえも言ってたよな? 俺らの運命がかかってるって」

「うん」

「そのためにはなんでもする。今までだって戦場でずっとそうしてきたよな?」

「うん」

「それにな、ここに入るために『奥様ご一行』で入ってきてるのがすでに嘘なんだよ。そんな中でアーダにだけ心が痛むってのはおかしかねえか?」

「言われてみれば……」


 アランに言われてなんとなく自分を納得させる。


「まあ、おまえが言うように、本当は嘘なんて、ないにこしたこたあない」


 またトーヤが言う。


「だけどな、今はそれが必要なんだよ。おまえがつらいってのは分かってる、悪いなとも思ってる、だけどがんばってもらうしかねえんだよ、すまんな」


 あっさりと謝られた。


 トーヤのこういうところをベルはずるいと思う。そう言われてしまったら、もう何も言えなくなるではないか。


「わかったよ」


 そう言うしかなくなった。


 だがべルだって分かっている。トーヤが苦しんでいないわけではない。トーヤはアーダにも、そして自分にも申し訳ないと思っているはずだ。多分……


「なあトーヤ」

「ん?」

「トーやもアーダに申し訳ないと思って苦しいんだろ? そんでそういうことしてるおれにもさ」

「は?」


 トーヤが目を丸くして言う。


「アーダはともかくおまえに思ってるはずねえだろうが、これがおまえの仕事なんだよ。食ってる分だけとっとと働け」


 そう言ってまた頭をはたかれた。


 ベルは素直にはたかれた分だけ、


(そのうち見てろよ、このエロクソオヤジ)


 と、下から見上げるようにしてトーヤを睨んだ。


 ベルの苦悩と苦労で分かったことの一つ、それは「侍女頭派」と「取次役派」は微妙に時間をずらして接触を減らすようにして行動している、ということである。

 個人的に仲の良い悪い人間はいても、2つの勢力に今のところ対抗したり争ったりの気配はないようだ。どちらかというと、それを避けるためにわざわざ少しずらしている、というところか。


「それもこれはあくまで前の宮の侍女たちだけらしい。奥宮は元から御大のシャンタル・マユリア派だからな」

「なるほど」

「しかし、分裂しても争いがねえって、さすが慈悲の女神の宮殿だな」


 アランが感心して言う。


「ああ、まったくだ。けど、おそらく取次役派の方はなんか争いぐらい起こしたいところなんだろうな」


 2つの派閥に争いが起きれば、今、もう沈む夕陽のようなキリエと、これから隆盛を迎えるかも知れない上る朝日かも知れないセルマ、自分の将来を考えたらどちらに流れるかは言うまでもなかろう。


「はっきりと立場の違いを見せつけたいだろうな」

「慈悲の女神の元にいるとは思えない考えだがな」

「ひでえな……」


 ベルも2人に同意する。


「でもさ、キリエさんはそんなこと望んでないだろ?」

「おそらくな。まあ必要ならやるだろうが、今のところ動きを見せる様子はない」

「このままほっとくのかな」

「どうだろうなあ。何しろ、何がどうなってるか俺にも分からんからなんとも言えねえ。ただな」

「うん」

「動きを見せるとしたらあっち側だろうよ」

「取次役派ってこと?」

「ああ」

「なんで? ほっといても交代が終わったら自然に自分が一番偉くなるかも知れねえのにさ」

「だからだよ」


 きっぱりとトーヤが言う。


「何もせず自然に交代ではだめだ。何か大きなこと、これだけのことがあるから自分たちが頂点に立った、それを見せつけたいはずだ」

「そうなのか」

「何しろキリエさんはこの三十年の間この宮の最高権力者だった」


 トーヤが続ける。


「単なる新旧交代だけでは一気に勢力を手に握れねえからな。キリエさんが自分の後継者だと言ってくれたら納得するやつも多いだろうが、おそらくそれはやる気ねえだろうし」

「そっか」

「だからな、近々キリエさんになんか起きると俺は睨んでる」

「え!」

「キリエさんを貶めるようなこと、信用を失墜させるようなことができりゃ一番だが、あの人にそうそう隙があるとは思えねえ。あるとすりゃ、この部屋にいる俺らのことだ」

「そうか……」

「だから気をつけて行動するこったな。キリエさんのためにも」

「うん」

「そのためにもアーダから情報をもらうのは大事なこった。どうだ、これで少しは気持ちが楽になったか?」


 トーヤが笑いながらベルの頭にドカッと手を置いた。


「アーダのためにもなる。な?」

「分かったよ、分かったから手、どかせよな!」


 ベルがそう言ってトーヤの手を振り払う。

 少し赤くなった顔を見てトーヤが優しく笑った。

 

 やっぱりこいつはずるい、ベルがそう思っていーっと舌を出した。


「そんで、だな」


 アランが話を変える。


「ミーヤさんって人は侍女頭派でいいのか?」

「あ、ああ」

 

 トーヤがアランに言われて弱く答える。


「おそらくそうだとは思うが、仕事の割り振りで取次役の方にいるとしたら、その時は取次役派と一緒に行動してるだろうから、どうなってるは分からん」

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