23 王と衛士と傭兵

「わたくしは……」


 マユリアは返答に困った。


「どなたのものにもなりたくはないのです」

「なぜです?」

「なぜ……」


 そう聞かれてさらに困る。


「マユリア、あなたは私が嫌いですか?」


 マユリアはやっとのように真っ直ぐ正面から「新国王」を見た。


 「新国王」はおよそ嫌う要素のない人間にしか見えない。


「私は、ずっと長い年月をあなたの横に並ぶのに相応しい男に、人間に、そして王になりたい、そう思ってあらゆることに努力を重ねてまいりました。そして自分でもそのようになれた、そう思っております。あなたの目から見て、私はどのような存在でしょうか? あなたは私のことが嫌いですか?」


 素直に真っ直ぐ、許しを乞うように、それでいて自信にみなぎる視線をマユリアにぶつける。


「いえ、嫌いなどということは」


 やっとのようにマユリアがそう答える。


「では、どうぞもう一度私とのことをお考え直しくださいませんか? 幸いにしてまだ時間はございます。たとえこのまま交代の時を迎え、あなたが人に戻られた後、ご両親の元に戻られた後も、私はじっと待つつもりでおります。この気持ちを受け入れていただけるまで」


 マユリアは答えない。


「どうぞもう一度お考えください。お返事はそれからで構いません。ああ、それから」


 「新国王」はそう言って、傍らに石像のように動かず立っているルギに目を向ける。


「ルギ隊長」

「はい」


 静かにルギが答える。


「あなたの希望も聞いておきたい。今のままシャンタル宮警護隊隊長を続けたいのか、それとも『新皇妃』付きとして王宮の衛士となりたいのか。今までの長い忠義に報いるため、あなたにも希望の地位を与えようと思います」

「ありがとうございます」


 ルギはそう言って跪いて「新国王」に正式の礼をした。


「ですが、私に希望というものはございません。ただ命に従うのみでございます」

「その命は誰の命です?」


 ルギは頭を下げて黙ったままである。


「これまでのようにマユリアの命に従うつもりであれば、王宮に移動を希望すればよい。宮を離れるマユリアは関係なく、これからも変わらず宮に忠義を尽くしたいというのならばその希望を叶えよう。よく考えておくように」

「はっ」

 

 ルギは頭を下げたまま言葉短くそうとだけ答え、立ち上がると元の位置に元のように立ち直した。


 ルギを、単なる衛士として、マユリアとの立場を思い知らせるための言葉であった。


 父国王が二人の仲を疑ったように、「新国王」も常にマユリアのそばに付き従うルギの存在を、決して好ましいものとは思っていなかった。それほどルギはマユリアの影のような存在であった。

 

 「新国王」はしかし、ルギのことを好ましくは思わなくとも、疑うようなことはしなかった。その点では信頼をしていた。


 何よりも奥宮でそのようなことは無理である。マユリアの身は終始誰かの目の届くところにあり、どこかの男と不貞を働くような、そんな機会はないと思われる。

 何よりも神をその身にいただくこの世の女神、もしもそのようなことがあったなら、マユリアの身も、そして奥宮、この国、この世界がただではおられないだろう、そうも思っていた。


 奥宮に出入りできる男は選ばれた者だけだ。信頼できる衛士、侍医、それから今回のように面会を求めて入ることを許された者だけになる。そんなことをする者は、できる者はマユリアには近づけない。


 それに何よりも「新国王」はマユリアを信じている。

 天上の美しい女神が、そのような美しくない行いをするわけがない、そう信じていた。

 

 もしもルギにそのような気持ちがあったとしても、マユリアはそれを許さないだろう。

 シャンタルとして生まれた者は、任期中に男の手が触れることは許されないのだ。


 それは侍医とて同じことだ。

 容態を診ることはあっても、実際に手を触れて処置をしたり世話をするのは看護の女性、それか侍女たちである。幸いにもこの二千年、男性の医師がシャンタルの、マユリアの、その尊い身に直接触れて治療を施すようなことはなかったと聞いている。


 それほど奥宮への男性の出入りは厳重に取り締まられている。身元のはっきりせぬ者が一歩たりとも足を踏み入れられる場所ではないのだ。


(いや、一度だけ、八年前にそうではない者がいたな)


 ふと、そんな者がいた、との話を思い出した。


 トーヤである。


 先代の託宣により、カースに打ち上げられた外の国の者が宮に滞在し、そして数ヶ月の後、またこの国を去っていった。そしてカースの漁師の息子と共に「月虹兵」になり、今も名だけは在籍していると聞いた。


 さすがにルギは自分の立場をわきまえている。よしんばマユリアに懸想するようなことがあったとしても、実際に触れるなどということは考えられない。 


 だが、その男はどうだ?

 聞くところによるとアルディナの神域で傭兵をやっていたと聞く。


 そんな無頼の者ならば、マユリアの美しさにふらふらと手を伸ばし、一瞬でも触れたことがないとは言えないのではないか? 


 いきなりそんな場面を想像し、「新国王」の身の内に、狂おしいほどの炎が燃え上がった。


(もしも、そのようなことがあったとしたら……)


 その男をどうするか、自分でも分からないとそう思った。

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