第三章 第六節 露見

 1 知らせと噂

 「王宮の鐘」が鳴り響き、それからしばらくののち、時刻にすると午後の真ん中あたり、冬の日がそろそろ明日のために休息に入る姿勢を見せ始めた頃、王宮からの触れがリュセルスの街に馬で駆け下りてきた。


「国王陛下がご不調になり、皇太子殿下にご譲位なさった!」


 街の者たちが蜂の巣をつついたような騒ぎになる。


 色々な話がリュセルス中に流れ、うねり、何が本当で何が嘘なのか、誰にも分からない状態になっている。


「ただまあ、ご譲位があったってことは確かなんだろうよ」




 「王宮の鐘」が、王宮で何かがあったことだけは知らせてくれた。




「ご病気だとの話は聞いていなかったぞ」

「急にお倒れになられたということか?」

「お元気ではいらっしゃるとも聞いたが」

「誰がそう言ったんだ?」

「いや、誰だったかなあ」


「またマユリアを後宮にとの話もあったんじゃないの?」

「私もそう聞いたわね」

「まあご病気だものね、あの花園は」

「まあねえ」

「マユリアはどうなるのかしら?」

「さあねえ」


「俺はお倒れになったと聞いた」

「ってことは卒中か心の臓か?」

「じゃないのか」

「まさかこのままお隠れに」

「前はシャンタル、今度は前国王か、どうなってんだ」



「心配だわ」

「本当にね」

「でも新しい国王様はそれはそれはご立派でいらっしゃるもの」

「ええ、私もお見かけして、なんてのかしら、もうドキドキしちゃって」

「本当にねえ、後10歳も若かったら、私も新国王の花園に入れてもらいたいもんだわ」

「何言ってんの」


「俺も皇太子殿下、じゃなくて新国王様にお目にかかったことがある」

「なんだよ、どこでだよ」

「いやな、街の北でたまたま御一行の馬車に行き合って、その時に声をかけてくださった」

「へえ、なんて!」

「うちのじいさんにな、息災であるか、若い者に色々と教えてもらうためにも元気で長生きしてほしい、そう声をかけてくださった」

「へえ!」

「いや、素晴らしい方だと思ったな」

「本当だなあ、俺もお目にかかりたい」

「俺も!」




 「新国王」自身が言っていたように、機会があれば街へ出てリュセルスの者たちに親しく声をかけていたことから、親しみを持つ者も少なくはない。そしてその話を聞いて「知人の話」としてさらに話が広がる。


 最初のうちは不安に感じていた民たちも、噂に聞く新国王の人柄なら、と次第にその声が期待に満ちたものになっていった。




「前の王様は良い人ではあったけど、あれがなあ、あの病気があったからな」

「全くだ。あの花園にどのぐらいの金かけてたんだか」

「なんでも100人はいたって話だぜ」

「100人ってまさか」

「そう、側室だよ」

「え〜」


 まさかそれほどにはいるまいと思うものの、あの方なら、と全くの嘘とも言い切れない。それほどに前国王の後宮の充実というのは、民の定番の話題の一つとなっていたのだ。


「それに引き換え、新しい国王様はお妃様一筋だからなあ」

「それにお世継ぎの王子様も、他の王子様、王女様もいらっしゃる。何も心配することはない」

「八年前に前王様と新王様の間でマユリアの取り合いがあったらしいが、今回はどうなるんだ?」

「そりゃ今度は揉めることなく決まるんじゃないのか?」

「決まるって?」

「マユリアの後宮入りだよ」

「でももうマユリアもいいお年だろう? 28じゃなかったか?」

「おまえなあ、28でも30でも40でも、あれだけのお方だぞ? なんか問題があるか?」

「さすがに40になったらどうか分からん……いや、それでもあの美貌だ、嫌って男はいるまいよ」

「だろ? だから今度は間違いないだろう」

「なるほどなあ」




 だが、中には平穏だった二十年を思い、政変であろうと急な譲位劇によろしくない思いを抱く者たちもいる。




「皇太子が国王を王座から追い落としたらしい」

「そんな人の道に外れることを」

「王様にどんな非があったってんだ」

「全くだ、この二十年、戦もなく、飢饉もなく、平和に暮らせたのは王様のおかげだ」

「けど、先代シャンタルがあんな亡くなり方をしたのは、王様の贅沢をほっといたせいだって人もいるぜ?」

「先代急死、その上に今度は親を裏切る息子の即位か」

「この国はどうなるんだ」

「まったくだ」


「人としてやってはならんことだ」

「全くだ」

「そんな国王になって、この国は、この世界はどうなるんだ?」

「ああ、全くだ」

「間違った人の道を正す者はいないのか」




 実際に直接影響を受ける方々はなおさら、よろしくない、どころではない。

 自分たちのこれからを思い、利害の一致を見る者たちの間では、単なる会話だけ済む話ではなくなっている。




「どうも皇太子妃の父親のラキム伯爵が権力を手にするために娘婿を焚き付けたって話だ」

「なんだって!」

「そりゃ許せないな」

「横暴な貴族が王室を好き勝手するってのかよ」

「王様がお気の毒だ」


「このままでは我々の立場はない」

「ああ、ラキム伯爵、ジート伯爵がこれから権勢を振るうのは間違いない」

「このままにしておいていいのか」

「いいわけあるまい」

「なんとかせねばな」

「ああ」


 

 

 王宮からもたらされた譲位の知らせが、街の、国の、あらゆる場所、あらゆる人たちの間でうねり続け、また新たな嵐を巻き起こす黒雲を湧き上がらせていった。 

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