14 エリス様のお見舞い

 キリエが寝付いた翌日の午前中にマユリア、そして午後にはシャンタルとラーラ様と3代の主が次々と見舞いに訪れ、その夜にはミーヤが、翌々日の午後には中の国の侍女が主の代理として見舞いに訪れた。

 そしてそのまた翌日、今度は中の国から来られたあるじほうが、自身が見舞いに訪れたいが大丈夫かと聞いてきた。


「やれやれ、千客万来ですね」


 皮肉っぽくそう言ったのはフウという侍女だ。

 四十歳前後で誓いを立てた奥宮付きの侍女である。今日のキリエの担当をしている。


「何のためにキリエ様がこうしてお休みになっていらっしゃるのか、どなたも分かってらっしゃらないのかしら?」

「相変わらずですね」


 その言葉を聞き、キリエが寝台の上に半分上体を起こしたような姿勢のまま楽しそうに笑う。


 物怖じしない性格で、キリエにも、時にはマユリアやラーラ様にすら辛辣な言葉をぶつけてくることもあるのだが、不思議と嫌な気にならないのはその言葉が的確なこと、そしてその人柄ゆえだろう。


「ええ、こうして久しぶりにキリエ様のお世話ができるというのに、それを邪魔されているようで少しばかりへそを曲げておりますの、私」


 平然とそう言ってのけるのにまたキリエが笑う。


 フウは侍女の中では少しばかり「浮いている」ようなところがある。

 他人の評価をほとんど気にせず、何があろうと己の道を進む、そういう人間だ。


 行儀見習いの侍女の衣装が緑系なので応募の侍女たちには避ける者も少なくはない。 自分は応募の侍女で行儀見習いの侍女とは違う。そのような理由で緑系の衣装の侍女はほとんどいない。ほぼ大部分が行儀見習いの侍女である。


 そんな中、フウだけは全く気にせず、自分が好きな色だから、と緑の衣装を選んだ。

 奥宮でキリエたちのような高位の侍女のそば付きという役付きになると、元の色から変える者、役職を表す色に変える者、元の色に役職の色を足して2色の色の衣装にする者が多い中で「これが私の色」とずっと同じ緑を貫いている。

 おかげで遠目に見て行儀見習いの侍女だろうと声をかけ、何か面倒な仕事を言いつけようとした中堅の侍女が、自分よりもっと年重としかさで奥宮の役職付きのフウだと知って慌てる、などということもあったりする。


 そしてフウがまた、


「どのような用事かしら?」


 と、戸惑う侍女からその用を聞き出し、


「どんな仕事も宮では大事な仕事です」


 と、下っ端、新入りがやるような仕事を平然とやるもので、自分の仕事を緑色の衣装の侍女に押し付けてやろうと思った侍女が少なくなったのは、良い意味の弊害であるかも知れない。


「まあおまえの言うことも分からぬではないですが、エリス様がいらっしゃったら少しゆっくり話をさせてください」

「はいはい、私はお邪魔にならぬように控室に戻っておりますとも」


 ふんっ、と侍女らしからぬ態度で不満そうに鼻を鳴らすのにも、キリエは楽しそうに笑う。


 その日の午後、エリス様が侍女のベルと一緒にキリエの見舞いに訪れた。


 長いベールに全身を包まれ髪の毛一筋さえ見えない中の国からの客に、フウは特に興味を持つような目も向けず、淡々と案内をして控室へと下がっていった。


「よくいらっしゃいました、ありがとうございます」


 キリエがソファにもたれた姿勢のまま、丁寧に頭を下げる。


 すると、


「いや、そんなかしこまって挨拶してくれなくてもいいって、俺だよ」


 そう言ってエリス様の衣装の下から顔をのぞかせたのは、短い黒髪、あまりよくない目つきのまだ若い男であった。


「あなた……」


 さすがにキリエがそう言って言葉を止める。


「びっくりさせて悪かったな、あいつと間違えちゃったか」

「当たり前です」


 まだ驚いた顔のままそういうのにトーヤはカラカラと笑った。そして控室にいるフウには聞こえないし、覗いてもいないだろうが、念の為にもう一度ベールをかぶる。


「いや、俺が来ようと思ったらこれが便利でな」


 そう言うとベルも一緒になって笑う。


「あ、そうそう、これ、お見舞いです。ここに置いてもいいですかね?」


 そう聞いて、あの例の、どうやらよくない成分を出しているらしい見た目だけは愛らしい、小さなピンク色の花の横に置こうとする。


「あーこれ、誰からですかね? これのどっちに置いちゃいけない、とかってそういう決まりは?」

「いえ、特にそういうのはないので好きなところに」


 言われて少し考えてから白い花の鉢をキリエ側に置いた。


「んで、これだ」


 ベールの中から取り出されたピンクの花の鉢、それを受け取るとベルがさっと入れ替える。


「それは?」

「ん? 見た目は似てるけど違う花だよ。こっちのには悪い成分もない代わりにいい香りもない。そんでこれだ」


 ベールの人影から小箱を受け取ったベルが、小さな火桶に何かをパラパラとかける。ほわっと心地よい香りが立ち上る。


「似てるだろ、この花の匂いと」

「ええ」

「なんかな、見た目はきれいだが香りが薄い、それで品種改良してる間に匂いは強くなったが毒も持っちまったってのがこの花らしい。かわいそうだよな、本人にはなんの責任もないのにな」


 そう言うと入れ替わりにベルから受け取った前の鉢をベールの中に隠した。

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