9 五年前
「それで、そんなおっかさんは一体何をすればいいのかしら?」
リルは涙をさっさと引っ込めると、また緋色の戦士に三角の目を向けた。
「敵をあぶり出したい」
トーヤは簡潔に言葉にした。
「敵って、もしかしてセルマ様? それとも神官長?」
「相変わらず情報通だな」
トーヤはうれしそうにニヤリと笑う。
「それは奥宮に出入りできる侍女なら誰でも感じていることよ」
「ミーヤもか?」
思わず尋ねる。
「ミーヤは思っていても知っていても、それを顔に出したり口に出したりする子ではないもの」
リルの表情が少しだけ曇る。
「ミーヤは本当に強いわ。最初の三年ぐらいは楽しいことが多かったと思う。新しいことを作り上げようとするのは大変だったけれど、本当にやり甲斐があったわ。でも、五年前に私が宮を辞して外の侍女になったぐらいから、段々と息苦しそうになっていくのが見ていて分かったわ」
リルが少し苦しそうな顔になる。
「他の侍女はね、まだミーヤほどにはなかったと思うわ、『あのこと』を知らないのですもの。私もそうだけれど、何があったかを知っている者は何も言えないだけにつらかった。その中でもキリエ様は一番おつらい立場だったと思うわ。マユリアや当代に何かを言いたくても言えない者は、みんなキリエ様にその視線をぶつけているもの」
「そうか」
トーヤは短く答えた。
「だけどね、私もミーヤも、そしてダルも言われていたの。何があっても知らぬ顔をしているようにって、キリエ様に。そんな中に一人ミーヤを残して宮を出てしまったことを後悔したこともあるわ」
リルはさきほどの勢いの火が消えてしまったかのように、静かに語り続ける。
「その、今から五年前ですか、その頃から何があったんですか」
アランが聞いた。
「おそらくだけれど、当代には託宣ができないのではないか、そのように言われるようになってからだと思うわ」
五年前、当代が3歳になった頃、その頃からなんとなくそんな噂が街中で聞かれるようになってきたという。
「赤子は生まれてすぐには何も話せないけれど、成長していくと段々と言葉を話すようになってくるわ。そして会話ができるようになってくるのが大体3歳ぐらいなの。それで代々のシャンタルも3歳の吉日を選んで初めての謁見の日が決められる」
「そんなのがあるのか」
トーヤも初めて聞く話であった。
「ええ。そしてその初めての謁見の日に王家の方々、それに次ぐ王家の縁戚の方々が謁見に見えて、国のこれからのことなどを尋ねるの。その時に初めての託宣があることも多いのだそうよ」
「へえ、不思議、なんで?」
ベルが興味を持ったようで思わずそう聞いた。
「おまえ、失礼だろ」
「あ、すみません」
「いえ、いいのよ。自然に話してね」
リルがベルに優しくそう言い、ベルが少し恥ずかしそうにちょっと頭を下げた。
「やはり国のこれからのことなどをお知りになりたいからじゃないかしら。だからたどんな小さなことでもシャンタルのお言葉をいただけたら大変幸先が良い、と喜ばれるの。だけど……」
「当代にはそれがなかった」
「ええ、そう」
リルがつらそうに続ける。
「というよりもね、お言葉が遅くていらっしゃって、3歳の時にもまだあまりお話しになれなかったんですって」
「そういうのって、なんだっけ、こじんさ? そういうのがあるって聞くけどなあ」
「ええ、ベルの言う通りよ。早い子もあれば遅い子もある。ただそれだけのことなのだけれど、なかなか初めての謁見がなく、もしかしたら当代はお話しになれないのでは、という噂が広まってきた。そしてね」
リルはすこし考えてから、
「先代と比べる声も聞こえるようになってきたの。先代はあれほどよく託宣をなさったのに亡くなってしまって本当に残念だ、と」
シャンタルは今日はまだ絹のベールをかぶったままだ。アーダが部屋を辞した後、はずす暇もなくリルのトーヤへの『
ベールの中でシャンタルがどんな反応をしているのかは分からない。
「申し訳ありません、ですが、話さなくてはいけない話だと思います」
「うん」
ベールの中から若い男性の声がした。
一瞬リルが驚いた顔になる。
「あ……」
何か言おうとしてリルが一度言葉に詰まる。
「あの、申し訳ありません、あの、男性の声だったもので」
その言葉を聞いてシャンタルがくすっと笑った。
「そうか、そうだよね、あの時はまだ男性と女性の区別もついていなかったものね。リルには本当に色々な話をしてもらって、楽しかったなあ」
そう言ってふわっとベールをめくった。
成長したシャンタルの姿が目の前に現れた。
流れるような銀の髪、褐色の肌、その美貌は変わらず、そのまま長じたその姿が。
「ああ……」
リルの口からそんな言葉がこぼれる。
そしてダルとはまた違うが、尊いものを見る目になり、ゆっくりと目をつぶった。
「よくご無事で……」
ダルと同じ言葉を口にして、両手を胸の前で組む。
「ありがとう」
シャンタルがにっこりと微笑んだ。
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