15 オレンジの影 

「分かりました。こちらから断っておいてあれですが、もちろん我々で手に負えないようなことがありましたら、その時はどうぞよろしくお願いいたします」


 そう言ってアランがキリエに丁寧に頭を下げる。


「アロ殿とディレン殿は、客殿の西の通用門、あそこで手形を見せるとこの部屋まではお入りいただけるようにしておきます」

「分かりました、ご配慮ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 2人が揃ってキリエに頭を下げる。


「手形の名のつづりをお聞きしていませんでした」


 そう言うと、白い紙を取り出して薄い赤い衣装の侍女に渡す。


「のちほど部屋付きの侍女に渡してください。他に何かございませんか?」

「あ、あの、はい、今のところは十分していただいておりますので」

「あの」


 侍女も一歩進み出る。


「本当にありがとうございます。感謝しております」


 そう言って深く頭を下げた。


「できるだけのことはいたしますので、また何かあれば侍女にでもお申し付けください。それでは」


 キリエはそう言って軽く頭を下げると部屋から出ていこうとし、ふと足を止めると振り返る。


「ケガをなさっている方、ルーク殿」


 包帯の男に向き直る。


「口にもケガをなさっていらっしゃるのでしょうか」

「あ、はい。しばらくの間は話さぬ方がよいかと」

「さようですか」


 包帯の男から目を離さず、


「では、食べるものも飲み込みやすいものにした方がよいですね。食事係に伝えておきます」

「ありがとうございます」


 それだけ言うと視線を外し、部屋の外へ出ていった。


「いやあ、相変わらずの威圧感、威厳のある方です」


 アロが、ふうっと力を抜くようにしてソファに腰掛け、


「あ、失礼を」


 そう言って立ち上がろうとするが、ベルが手で制してディレンにも座るようにと促す。

 

 奥様はいつの間にか、窓際の椅子に腰掛け、宮の外を眺めている。


「お二人には大変お世話になりました」


 アランが頭を下げて礼を言う。


「いえいえ、ですがよかったです」

「本当に、アロ殿のお力です。俺からもお礼を申し上げます」


 ディレンも立ち上がってアロに頭を下げる。


「いや、いやはや、皆様にそうして頭を下げていただくと、こちらの方が申し訳ない」


 そう言ってアロも立ち上がって頭を下げ、


「いや、なんともおかしな図になりましたな」


 そう言ってわはははと笑い、場を和ませた。


 そうしておいて、


「では、皆様もお疲れでしょうし、落ち着いたことですから、私はそろそろ失礼します。ディレン殿は?」

「あ、私も」

「では俺も」


 そう言ってアランが立ち上がるが、


「いや、おまえらは手形ができるまではここにいた方がいいだろう。何か用事でもあるのか?」

「いや、借りていた家の片付けをしないと」

「ああ」


 壊れた家具などを寄せてはいたが、まだ本格的に片付けはしていない。




 あの家具を壊す時、ベルがこの世の終わりのような悲鳴を上げた。


「うぎゃあああああああ! こんな高いもん、そんなあ! ああ~もったいないー!」

「るせえな、暴漢が入って暴れたら家具ぐらい壊れるだろうが」

「ああああああ~ああ~高かったのに~それ買えるだけ儲けようと思ったらどんだけ~~~~~!」

「るせえぞ」


 そう言ってトーヤが遠慮会釈えんりょえしゃくなくぶっ壊したのだ。




 アランが侍女の方を見ると、その目にはこの上ない悲しみが漂っていた。

 アロもそれを認めたのか、気の毒そうな顔をした。


「家の片付けならこちらでいたしますよ」

「いえ、それはこちらの船の者でやりますから」


 アロの申し出をディレンがやんわりと断る。


「何しろ船の者たちは奥様のことを心配しております、様子を知らせるついでに片付けをさせ、荷物をこちらまで運んだら安心するかと思いますので」

「さようですか、ではディレン殿にお任せいたします」

「はい、ありがとうございます」


 そう言ってアロとディレンは宮から下がっていき、仲間4人だけが豪華な客室に残ることとなった。




「はあ~緊張したあ……」

「まったくだぜ。なんだよ、あの侍女頭のおばはん……」

「ほんっと、えらい迫力だよな……」


 兄と妹が心底から緊張したという風に言う。


「変わってなくて安心したよ、キリエさん」


 トーヤがうれしそうにそう言い、


「本当、全然変わってないね、八年も経つからひょっとしたらもういないかもと思ってた」


 と、シャンタルがひどいことをポロッと言う。


「大丈夫だ、あの人も100まで元気なタイプだ」

「そうだね」


 そう言って包帯男と奥様が笑い合った。


「なあなあ」


 侍女が2人に聞く。


「途中ですれ違った侍女の中に知ってる人いた?」

「ん、どうだったかな」


 トーヤが胸のうちのざわめきを押さえて言う。


「何しろこれだからな」


 包帯の顔を指差す。


「あんまりよく見えなかったからなあ」

「私も」

「そうなのか」


 そう言いながら「嘘だ」とベルは思っていた。

 トーヤが出会った人間の観察を怠ることなどない。


 あの真ん中の人、オレンジの侍女、あれがミーヤさんだ。ベルはそう確信していた。


 トーヤは侍女の衣装については、フェイの青い色についてしか話しはしなかったが、島で買ったあの手鏡、


(あのオレンジはミーヤさんの色だ、間違いない)


 言わぬこと、それがかえってトーヤの気持ちを教えてくれてるようで、ベルは少し胸が苦しくなった。

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