7 十歳の子ども
トーヤとベルの、言い争いという名のじゃれ合いを見ていたミーヤの目から、すうっと一筋、涙が流れた。
「な、な、なんで泣くんだよ!」
「どうしたの!」
トーヤとベルが思わずそう聞いた。
「いえ……」
ミーヤが手で軽く涙を拭う。
「なんでしょう、フェイを思い出しました」
「フェイを?」
「ええ」
「なんでだよ! フェイ、こんなんと全然違っただろうが!」
「こんなんってなんだよ!?」
ベルが
「ええ、全然違うのですが、なんでしょう、トーヤの表情が、フェイと話していた時と同じだったもので」
全然違うと言われ、ベルが複雑な顔になる。
「ベルさんがトーヤと出会ったのは10歳の時ですよね?」
「あ、あの、はい」
「フェイも10歳でした」
「あ、ああ、あの、聞きました」
ベルがふと思い出す。少し前、トーヤから八年前の出来事を聞いていた時、フェイの話を聞いて感情を高ぶらせ、今はいないフェイに対して、かわいそうだ、自分がトーヤのそばにいて申し訳ない、という気持ちと、自分より前にトーヤに大事にされていた子がいた、その事実にヤキモチを焼く気持ち、その間でベルはこう言ったのだ。
『おれは、その、フェイって子の身代わりなんだよな?』
それに対して、トーヤは見たことないぐらい
『おまえがフェイの代わりになんかなるはずねえだろうが! おまえとフェイはぜんっぜん違う!』
そうしてその後でこうも言った。
『みんな違う人間、みんな1人しかいねえ人間だ、そんなことも分かんねえでぐずぐずぐずぐず言いやがって、俺はな、そういうひがんだ物言いが一番嫌いだ、大嫌いだ!』
トーヤが怒ったのは、ベルがフェイを言い訳にして、自分の存在を認めてもらってないかのようにすねたからだ。
今はもうベルにもちゃんと分かっている。トーヤが自分をどれほど大事にしてくれているか、そしてフェイのことも大事にしていたか。
「いつも楽しそうにフェイと話していました。そしてフェイのことを第一夫人と呼んでいて」
「ああ、そうだったよな」
トーヤも懐かしそうな顔になる。
「フェイはかわいい子だったよね」
いきなり絹の中からそう言われて、ミーヤが驚いた顔になる。
「リルも同じ顔してたな」
トーヤがそう言って笑う。
「男の声だからってびっくりしてたよなあ」
ベルもそう言って笑う。
「ええ、そうなのです」
ミーヤがじっと絹の人を見つめていると、さらっとベールがはずされた。
「面影が……」
ミーヤが一言そう言って、後は黙り込んだ。
「うん。あの時は本当にお世話になりました。ミーヤとキリエは本当に色々がんばってくれたよね」
シャンタルが微笑んでそう言う。
「いえ、いえ、あれでよかったのかと今も思うことは多いです」
「本当に色々なことがあったよねえ」
銀の髪、褐色の肌の人が、深い深い緑の瞳を微笑む形にして懐かしむ。
「当時、私も10歳の子どもだったんだけどね、その前までずっと寝ていたようなものだったので、ミーヤは本当に赤子の私を10歳まで育ててくれたようなものだったんだ」
「いえ、もったいない」
ミーヤが座ったままではあるが、深く頭を下げる。
ダルが神聖な存在に触れた神の
「俺はキリエさんに聞いただけだが、おまえに怖いってことがどんなことか教えるのに部屋の中で溺れようとしたりしたんだよな」
「うん、そうなんだよ。あの時は怖かったなあ」
「あの、いえ、お恥ずかしい……」
ミーヤが本当に恥ずかしそうに身を縮める。
「必死だったんだよね、私をなんとか覚醒させたくて」
シャンタルが柔らかく微笑む。
見えてはいても見えているとは思わず、聞こえてはいても聞こえているとは思わないシャンタルに、2人が外の世界があることを教えてくれた。
「本当に色々なことを考えてくれたなあ」
シャンタルが感慨深くそう言う。
「私は自分の姿のことも分からなくてね、周囲を鏡で囲んで自分の姿を教えてくれたこともあった」
「そんなことがあったのかよ」
トーヤも、その話は初めて聞いた。
「うん、奥宮の廊下に侍女に鏡をいっぱい持たせてね、その中に人が出たり消えたりするのを見せてくれた」
「へえ、面白そう! おれも見てみたいな、それ」
ベルが目を輝かせて言う。
「他にも……そうそう、私が服を着たくないって、走って逃げたことがあるんだけど」
ミーヤがギクリ、とした顔になる。
「その時にね、ミーヤがすごく面白かったんだ」
「あの、その話は」
「へえ、俺も聞きたいな」
トーヤが面白そうに聞く。
「ミーヤがね、走ると転ぶって言うのに、私が走ったものだから、こう、床の上にうずくまってね」
と、シャンタルが体を丸くして見せる。
「シャンタルがおケガをなさったら、ミーヤはそれが嫌でこのまま固まってしまいます、って言ってね、動かないの」
「へえ」
トーヤが楽しそうに笑う。
「それで、ミーヤが固まるのが嫌で、とうとう服を着せられたよ」
みんなが聞いて吹き出し、ミーヤ一人が下を向いて赤面してしまった。
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