3 道を違える 

「俺がいた時は神殿なんて、影が薄くてあるかないかも分かんねえようなもんだったが」

「うん、そうだったかも。でも今は違うよ」


 ダルの説明によると、シャンタルの葬儀を執り行った後、やはり宮の中は多少混乱したのだという。


「なんとなく落ち着かなくてね、それで神殿の神官たちが来て手伝うようになったんだよ。俺も月虹兵連れて衛士たちと一緒にお力になろうとはしたんだけど、どうしても宮の用事は神官とかそういう人でないと無理な部分もあってね。ふと気がつけば、神官長がかなりの発言力を持つようになってた」


 アランはまた「半分の葉」の話を思い出していた。


「その神官長ってのが力持ったってのはいつ頃だ? 五年前ぐらいじゃねえのか?」

「あー言われてみればそのぐらいだったかな」


 ダルが記憶を探りながら、


「うん、五年前だよ。ノノとナルのことがあった頃からだから」

「ノノとナル?」

「うん、その話はしてなかったよね」


 ダルが当時の話をしてくれる。


「ノノが月虹兵付きになって、最初の10人にナルも選ばれたんだけど、偶然2人は幼馴染だったんだよ。それで仕事しているうちにそういうことになって、ノノがすごく悩んでたんだ」


 ノノはミーヤと同じく募集で入ってきた侍女だった。本来ならそのまま、結婚もせず、不必要に外に出ることもせず、一生を宮で過ごす、いつかはそう誓いを立てることになっているのだ。

 その侍女が、男性と恋仲になるなど禁忌中きんきちゅうの禁忌である。幼馴染おさななじみの気安さからか、気づけばそんな気持ちになっていて、死ぬほど悩んでいたのだという。


「その時にキリエ様がね、その話を耳にしてノノに言ったんだそうだ。そのつもりで宮に入ったとしても、人の思いや運命は変わることがある、おまえはおまえが本当に幸せになれる道を選びなさいって」

「へえ! 本当だったらそういうの一番怒らないといけない立場なんじゃないの? キリエさんって侍女頭だろ?」


 ベルが驚いて口をはさむ。


「うん、俺もそう思う。だからすごくびっくりした」


 ダルがにこにこしながら続ける。


「でもさ、その前に色々とキリエ様と話す機会もあったし、リルやミーヤからも色々聞いてたから、なんとなく納得もできた。厳しい方だけど本当は誰よりも侍女たちのこと考えてる人だって分かってたから」


 だが宮の内では反対意見も多かったらしい。


「特に奥宮の誓いを立てていらっしゃった古い方や、自分もその道をと選んだ方々はいい顔をなさらなかったようだよ」

「そりゃそうだよな」


 自分たちは誓いを立て、一生を宮で過ごすと決めたのに、行儀見習いの侍女ならともかく、応募で入って同じ道を歩むはずの侍女が、道を違えて女性として幸せになる道を選ぶなど、許せないと思う者があっても不思議ではない。


「特に、その前に誓いを立てて奥宮付きになったばかりのセルマ様が、正面からキリエ様とぶつかったらしい。そんなことを許すなど、それでも侍女頭ですか、って」


 やはり発端はそこか、五年前のその出来事か、とトーヤが思った。


「それでもね、キリエ様が断固として認めるって言ったんだって。それと外の侍女を作るってことも」

「外の侍女もその時にできたのか」

「うん、ノノが悩んでたのもそこなんだよ。ナルとも離れたくない、でも侍女も自分が選んだ道なので宮を裏切るようなこともできない。それでいっそ自分などいなくなった方がいいのではないか、そこまで思いつめてたらしい」

「なんかかわいそうだな……」


 ベルが涙目になって言う。


「おい、おまえはまた泣くだろう」


 アランが後ろから小突く。


「それでね、キリエ様がこれからはそういう役割も必要になるって、』のことを知っている者で、外にいて侍女の役割をできる者が必要だって外の侍』のことを提案したんだよ」

「へえ、柔軟性あるな、その人」

 

 アランが感心して言う。


「うん、そうなんだよね」

「けど、それもまた大反対されたんだろうな」

「そりゃ当然ね。でもキリエ様が侍女頭の自分が決めることだって突っぱねて、マユリアと相談の上でそういう役職を作り、その第一号にノノを任命したんだよ」

「ありゃ、リルが一番じゃなかったのか」

「うん、違う。当時はまだリルはマルトの求愛を突っぱねてた真っ最中だった」


 その言い方にトーヤが吹き出した。


「でもね、ノノがそうなってみて、なんとなくそういう道もあるのかな、って考え始めたって。本人からそう聞いた。よく考えてみたらマルトのことも嫌いじゃないし、自分こそ外の侍女ってのに向いてるんじゃないかって」

「よく分かってんな、自分のこと」

「うん、リルのすごいとこだよね」

「まったくだ」

 

 リルをよく知る者が2人で笑いあった。


「ただね、その頃から侍女の中でもなんとなく、あっちとこっちに分かれるような雰囲気が出てきたんだよ」


 ダルが小さくため息をついた。


「特に、セルマ様は正面切ってキリエ様への反感を見せるようになってね。何しろ神官長の後押しで奥宮付き、しかも食事係になんてなったし、特別扱いが目に見えてた」

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