2 仕事じゃない
「私が一番何も知らないのかも知れないね」
シャンタルの言葉にその通りだとトーヤは思う。
「そうかも知れないな。案外人間って自分のことが一番わからないのかも」
ダルは一般的な話としてそう受け止めたようだ。
「そうだな」
トーヤもそれに乗っておく。
アランが複雑な顔でトーヤを見る。
ディレンはちらりとトーヤを見た。
ベルは静かに下を見ている。
3人ともトーヤから聞いている話がある。
マユリアもシャンタルも知らぬだろう話が。
「まああれだ、何を知ってて何を知らねえかとか言ってたらきりがねえからな」
トーヤが話を区切るようにそう言う。
「そんでだなあ、マユリアの夢の話だよ」
「ああ、そうだったね」
「どこまでいったっけ? そうそう、交代の前日マユリアが俺んところにきて、ミーヤと2人でその話を聞いたんだ」
「どんな夢だって?」
「ああ、それがな」
トーヤが聞いたこと、それから話したことをみんなに言って聞かせる。
「なんとまあ、それで海賊ねえ」
アランが楽しそうにそう言った。
「おれ、おれもその海賊団に入れてもらいたい!」
「船長はマユリアでいいとして、船動かせるもんが必要だな、俺がやってやるよ」
ベルとディレンもそう言って笑う。
『海の向こうを見てみたい、海を渡ってみたい、そう思っていました』
マユリアのその言葉、おそらくは本人も心の奥深くにあって気づいてはいなかった本音から、そんな話になったのだった。
『わたくしは海賊のマユリアです、大人しくするなら命だけは取りませんよ?』
そう言って楽しそうに笑っていた美しい女神の姿を思い出す。
「叶えてやりてえよな」
「そうだね」
「だな」
「うん!」
「やれるといいよな」
みんなが同じ心だった。
「だから、そのためにも次の交代を無事やりきって、人に戻ったこいつとマユリアはこの国から連れて出る。それで仕事は完了だ」
「それで、その先のことはどうすんのさ」
ベルがふと現実に戻ったように顔をしかめた。
「その先か? その先は仕事じゃねえからな」
「どうすんの?」
少し非難するような光を含めた目つきでベルがトーヤを見る。
「どうすんのって、おまえ、ダチが困ってたらどうすんだ?」
「え?」
「ほっとくか?」
「おれ、ダチってシャンタルぐらいしかいねえからよく分かんねえ」
「だから、そこを考えろってことじゃねえかよ」
ベルの答えにいつものようにアランが言う。
「そうか……そうだなあ、助けてやる? だってダチだもんな」
「だろ?」
トーヤがいたずらっぽく片目をつぶって見せた。
「こっから先はそういうこった。誰に頼まれたのでもねえ、命令されたのでもねえ、俺たちが、俺たちの気持ちで、ダチの、シャンタルの家族を助けてやろうじゃねえか」
「トーヤ……」
シャンタルが何か少し感情の入った目をトーヤに向ける。
「ダチの家族って言ってるけどな、俺にとっちゃそいつらもダチなわけだ。まあ、次代様だの当代だのは直接は知らねえけど、やっぱりダチの家族だ。だろ?」
「うん、うん、いい!」
ベルがぴょん! と飛び跳ねた。
「いいよな! ダチのためにやる! 仕事じゃねえ!」
よっぽどうれしかったのか、顔を紅潮させ、息もはずませている。
「な、シャンタルの家族、みんなで助けようぜ!」
じっと正面からシャンタルの目を見つめてそう言った。
シャンタルは黙ってじっとベルの目を見つめていたが、
「ありがとう」
やがて一言だけそう言った。
「さて、そうなると、だ、その方法だが。まずはあぶり出しだな」
「あぶり出し?」
トーヤにダルが聞く。
「ああ、その取次役ってのが誰かに動かされてるのは間違いないと思う。元々この宮の侍女だろ? そんな侍女がキリエさん押しのけて、自分がそんな役職に就けろ、なんて言い出すなんてできないだろうが」
「ああ、それなら神官長が強く推したってことだったよ」
「神官長?」
言われてトーヤが記憶の中を探る。
「神官長って、あのほそっこいヤギみたいなひげのおっさんか?」
「あー、まあ、そんな人かな」
ダルが苦笑して言う。
「俺は、ここにきて目を覚ました日に会っただけで、それから見たことねえんだが、あのおっさん、そんなに力があるおっさんなのか? とってもそんな風には見えなかったがなあ」
トーヤの記憶の中の神官長と呼ばれた男は、自信なさげに小さくなって大臣のおっさんとキリエの間に挟まれていた姿しか思い出せない。
「あ、それともあれか? 同じヤギひげでも交代したとか?」
「いや、それはないよ。もう十年以上同じ方だ」
「ふうむ……」
トーヤが左手をあごに当てて考える。
「ってことは、何があったんだ? あのおどおどしたおっさんがそんな大したこと考えつくとはとっても信じられねえんだが」
「言われてみれば確かにそんな方だよね。もっとも、俺もそれまであまり見たことなかったし、よくは知らないんだが」
神殿はシャンタル宮の中の一部である。生き神の日々の生活を守るのが宮で、祭事的な部分を受け持っているのが神殿だ。
だから先代が亡くなった時には神」が葬儀の一部始終を執り行った。だがそれも、宮からの命で動いたようなもの、あくまで宮の一部署の扱いである。
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