17 心の中の箱

「まあ、ここじゃあ、そこまでことは単純じゃねえからな」

 

 兄妹きょうだいの会話を聞いて、半分笑いながらトーヤがそう言う。


「ルギは心底からマユリアに惚れてる、これは間違いがない。けどな、おまえらもちょっとぐらい分かったと思うがな、この国じゃ神様ってのはそんだけ特別でな。だから、ルギの惚れてるってのも、普通の男と女と一緒かどうかすら分かんねえ」

「え~」


 ベルが不服そうに口を尖らせる。


「一緒じゃねえの? ディレンのおっさんがミーヤを見た瞬間にこいつだ! って思ったってのと一緒に見えるぜ」

「そうだな」


 トーヤが少し表情を陰らせる。


『ああ、こいつだ、そう思った』


 トーヤは島で本人から聞くまで、ディレンのミーヤへの想いのことは知らなかった。まさかディレンのような人間が、出会いを運命だと思い、それにその相手がいなくなった後まで縛られ、命がけで自分に執着するような、そんなことがあるなど、思ってもみなかった。


 そして、ミーヤのディレンへの想いを知りながら、まだ子どもだった自分は嫉妬心からか、それを伝えることをしてやらなかった。

 もしも自分がディレンにミーヤの想いを伝えてやっていたら、もしかしたら、もっと違った終わり方があったのかも知れない。そう思うと、そのことが今になってトーヤの上に重くのしかかっている気がした。


「そうか……」


 一呼吸置いてトーヤがそう言い出した。


「ん、なんだよ?」

「いや、俺は後悔したくないって思ってんだな、って」

「は?」

「いや、なんでもない」


 トーヤはつぶやくようにそう言うと、


「マユリアが何考えてるか分かりゃ、ルギのことももっと簡単なんだがなあ」


 そう言って息を吐いた。


「マユリアが何考えてるかは分かんじゃねえの?」


 ベルがそう言う。


「は?」

「だって、シャンタルってマユリアとラーラ様の中に入ってたんだろ? だったら大体何考えてるかとか分かんじゃね?」

「それか!」


 トーヤが思い出したように言う。


「確かにそういうのあったな」

「うん、シャンタル、そういうのなんか分かんねえのか? マユリアがルギのことどう思ってたかとか」

「うーん」


 シャンタルが言われて考える。


「マユリアとラーラ様のことは前はほとんど全部見えてたけど、ルギのことは前に言ってたことぐらいしか分からないかな」

「なんて言ってたんだ?」

「ラーラ様と話してた時に、ルギはとても優しい人間だ、ってそう言ってたことがあるよ」

「あ!」


 いきなりミーヤがそう言ったので、トーヤが驚いて声をかける。


「びっくりするな、どうしたんだよ」

「いえ、そう言えばそうおっしゃっていたことが」

「ルギがやさしいってか?」

「はい」


 ミーヤがキリエと二人でシャンタルが何を知っていて何を知らないかを聞いていた時、ルギについてこう言ったのだ。


『マユリアがやさしいって』


「ええ、キリエ様も驚いていらっしゃいました。ルギを見ていてそう出る言葉に思えなかったものですから」


 聞いてトーヤが笑い出した。


「そうだよな、でかいとか仏頂面が怖いとかなら分かるが、あいつを見て優しいってのはそう出てくるもんじゃねえよな」

「ってことはだな、マユリアはルギにいい印象を持ってるってこったな」


 アランが話がずれないようにそう言った。


「そんだけじゃなあ。シャンタル、もっと何か分かんねえのかよ。ってかさ、人の中入るってどんな感じなんだ?」

「うーん、どう言ったらいいのかなあ」


 シャンタルが少し考えるようにする。


「マユリアとラーラ様はまた特別なんだよ。ずっとつながった糸みたいなのがあって、それがつながっているのと、二人とも私を完全に受け入れてくれてたからね。ほとんどのことは何を考えているかとか分かってたよ」

「ふええ」


 ベルが呆れたような声を出した。


「そんな、なんもかんも誰かに見られるって、よくそんなことできるよな」


 ベルの言葉にアランが何かを思い出したように固まった。


「うーん、説明するとね、草原の真ん中に立っているような感じかな」

「草原の真ん中?」

「うん。そこに立って全部を見渡してるような感じ。そのずっとずっと先にね、代々のシャンタルへとつながる糸が通ってるのを感じる」

「へえ」


 聞いても分かったような分からないようなだ。


「そして、そこにぽつんと一つ、箱が置いてあるんだ」

「箱?」

「うん、形があるものじゃないけど、まあ言ってみれば箱って感じ。その中に入ってるものは見えない」

「草原の真ん中に中が見えない箱か?」

「うん、二人共私に見せたくないもの、見られたくないものはそこにしまって、そしてそれ以外のことは全部見せてくれていた。だから二人が学んできたこと、見たこと、聞いたこと、全部私のものになっていたんだよ」

「なん、っだよ、それ……」

 

 シャンタルと向かい合って話していたベルが言葉をなくす。

 トーヤもアランも、そしてミーヤも何も言えなかった。


「だから、私のこと、『黒のシャンタル』のこと、その運命のことは私本人には何も分からなかったんだろうね。たとえば湖に沈まないといけないこと、それを拒否したらシャンタルではなくなって、天に命を返さないといけないこと、とかはね」

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