15 隊長と戦士
「あの、手を見てそのようなことが分かるのですか?」
ミーヤが不思議そうにもう一度尋ねる。
「ああ、人間の手というものは、その人の生きる場所を表すものだ。手を見ればその人間がどのような職業であるか分かることもよくある」
「それで戦士の手なのですね」
ミーヤが納得したようにそう言う。
「ルーク様は傭兵をなさっているとのことですから、それでそのような手に見えるのですね」
「そうかも知れんな」
まだルギは「ルーク」の手から目を離さない。
そう言われて「ルーク」もなんとなく手を下げにくい雰囲気になっている。
「あの」
ミーヤがルギに言う。
「そんなにじっと見つめられたら、ルーク様が手を下ろせずに困っておられますよ」
「そうか、すまん」
そう言って視線をルークの顔の方に移動する。
ルークが上げていた右手をゆっくりと下げ、左手で右手首をゆっくりとさするようにした。
「そういえば、右腕にもケガをなさっているとのことでした。今のようになさって痛みが出たのではないですか?」
ミーヤが心配そうにそう聞き、「ルーク」が軽く左右に首を振ってから頭を下げた。
「大丈夫ならいいのですが」
そう言って、ほんの少しだけ非難を含んだ目をルギに向ける。ケガ人に無理をさせた人間に軽く注意をする、そのぐらいの。
「いや」
ルギがミーヤを見て、それから「ルーク」を見て、こんな一言を口にした。
「この間、部屋で話をさせていただいた時の手は、戦士の手ではないようにお見受けしたものだからな。力仕事はしているかも知れんが、剣を持つ手ではない、そう感じた。戦場を離れ、護衛の仕事をしばらくされているようだったので、そのようなこともあるかと思っていた」
ミーヤにも今は分かった。あの時、部屋でルギが取調べ、その仮面をはがして顔まで見た「ルーク」は今ここにいる「ルーク」ではない。身代わりに、扮装を真似たアルロス号の船員、ハリオであった。
「そうなのですか」
ミーヤはどのような表情をするか一瞬考えた後、今の気持ちのまま、戸惑ったような顔で言葉を続ける。
「私にはそのようなことは分かりませんので、どうお答えしていいものか」
「であろうな」
ルギがいつもの皮肉を交えたような表情、軽く、少しだけ片頬を高く上げた笑い顔になった。
「ルギ隊長のように、ずっと人を観察するような、そのようなお仕事の方にはそのように感じることもあるのかも知れませんね」
ミーヤの言葉がほんの少しだけ皮肉が混じった響きになった。
「私はよく知っておりますし」
ルギにも分かった。八年前のあの日々のことを言っているのだと。トーヤが出かける時、どれだけ嫌な顔をされてもずっと近くに付き従ったあの日々のことを。
「そうだな」
違う形に顔を歪めて苦笑する。
「ルーク」は感情を見せず、そんな二人のやり取りを黙って聞いている。
「それでは失礼いたします。ルギ隊長がおっしゃるように、少し無理をなさり過ぎです。かえって健康を損ねてしまいますよ。あっ」
ミーヤがルギを見てから「ルーク」に提案する。
「ちょうどルギ隊長がいらっしゃいますし、少し肩を貸していただきましょう。嫌、ではないですよ、そうでないと私ではお支えできませんから。ルギ隊長、よろしくお願いいたします」
そう言って、ルークに否やも言わせぬ隙に手を取り、ルギに渡す。
「戦士は戦士同士、安心しておまかせください。途中までよろしくお願いいたします」
そう言って深く頭を下げる。
「そうか、分かった。どうだ立てるか?」
そう言ってルギが、強引ではないが少し力を入れて「ルーク」を引っ張るようにする。「ルーク」も仕方がなさそうに、少し頭を下げ、ゆっくりと立ち上がった。
「肩を貸す、には少し背が違うな」
かなり長身のルギと「ルーク」の間には、頭一つ分の高さの差がある。
「まあそれでもないよりはましだろう」
そう言って「ルーク」の右腕をぐいっと引っ張って自分の左肩にかける。自身はやや左に傾いた姿勢になり、身長をできるだけ合せる形になった。
「どうだ、歩けるか?」
親切そうにそう声をかけるのに、「ルーク」は2回上下に頭を下げてから3回目に深く頭を下げて感謝の意を表す。
そうしてルギに肩を貸された仮面の男、その後ろに付き従うオレンジの侍女が奥宮近くから廊下を南に下り、左に曲がって東へゆっくりと進んだ。
「ありがとうございます」
エリス様の客室前でミーヤがルギに声をかけ、礼を言って頭を下げた。
ルギがゆっくりと「ルーク」の腕を肩から外し、
「あまり無理をするものではない。うまくいっている事柄も、無理をしたそのたった一つの出来事で全部壊れてしまうということもあるものだ。前に進みたい気持ちは分かるがそれに気をつけておくことだ」
そう言って、部屋の前で二人に頭を下げ、奥宮の方へと戻っていった。
ミーヤとトーヤは部屋の中に黙ったまま入ってきた。
「やべえな、ルギのやつ、俺のことを気がついたかも知れん」
ミーヤもなんとなくそう感じていた。最後のあの言葉、あれは、トーヤだと分かって、その上でそう言ったのではないかと。
「あいつが敵か味方か分からんうちは下手に動けなくなっちまったな」
トーヤがぼつりとそう言った。
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