17 医術の心得
「ベル様……」
セルマが気の毒そうに言う。
「それで、お伺いしたことがございます」
「なんでしょうか。そのような疑いを晴らすためならなんでもお答えいたします。もちろん、奥様の誓いに触れぬ範囲でということになりますが」
「はい、それで結構でございます。あの、あの白い花は一体どなたがどのような理由でお届けになったのでしょうか」
「奥様です」
「え、エリス様が?」
「はい。奥様があの白い花と、他にも色々とキリエ様に良いのではないかと思う物を兄に命じて探してこさせたのです」
セルマには思いもかけない返事であったようだ。てっきり護衛のどちらかの入れ知恵、そのように思っていた。
「あの、奥様は、元々は医師をなさっていらっしゃったのです」
「そうなのですか!」
今度は神官長が驚く。まさか、この絹の海に隠された貴婦人にそのような経歴があるとは思いもしなかった。
「はい。それで、旦那さまの奥様のお一人の診察に参られて、そこで見初められたのです」
「ああ、なるほど」
神官長と取次役、どちらもが聞いて納得する。
「あちらでは、よほどのことがなければお医者様であってもご婦人に触れることはできません。それで女性のお医者様も多いのです。奥様のお父様がお医者様で、それで奥様も医療の道を志したのだとお聞きしております」
「そうだったのですか」
聞けば聞くほど納得できる話に作ってある。
「では、やはりそういう物にもお詳しいのでしょうか?」
「そういう物とは?」
「例えば、青い香炉にくべられたような物に」
「それはいかがでしょう? 少し伺ってみます」
ベルがベールの主に口を寄せて何かを聞き、主が侍女に何かを言って返す。
「そのような物に詳しい者もいるだろうが、奥様ご自身はあまりお詳しくはないとのことです」
「では、あの白い花は」
「ええ、あのように部屋を健全にする、身体を健全にする、そのような物についてはお勉強をなさったようです。病人に体力を戻させる、きれいな空気を吸って体の毒素を出す、様々な食べ物や飲み物で体の毒を下す、そのようなお勉強を」
「なるほど」
神官長とセルマが軽く顔を見合わせる。
「医師でありますからもちろん色々な医術を施され、時に外科的なこともなさいますが、本来の一番の専門はそういうものであったと、そう伺っております」
「あの、護衛の方の治療をなさったのはエリス様でいらっしゃるのでしょうか?」
「はい、奥様のご指示で私と兄がいたしました」
「ご指示で?」
「はい、奥様は今はそれがたとえ護衛と言えど、男性に触れることは叶いませんから」
「ああ、なるほど」
「ですが、知識としてはご存知ですし、それに兄も私も戦場で暮らしておりました時、生きるために身につけている技術も多少はございます」
「え?」
セルマが驚いてベルを見る。
「ベル様も戦場に?」
「はい、お恥ずかしい話ですが、兄と私は戦のために孤児となり、生きるために戦場におりました。『戦場稼ぎ』という言葉をお聞きになったことは?」
「いえ、初めて耳にいたします」
セルマが目を丸くして言う。
「主に孤児たちが、生きるために戦場に落ちている、例えば折れた刃、壊れた武具の欠片などを拾い、それを売って日々の
「そんなことが……」
「はい、恥ずかしながら」
ベルが下を向いてじっと目を閉じる。
「そのような暮らしをなさっていたのですか」
「はい。そしてその戦場でルークと、戦でケガをした者の手当をなさっていらっしゃった奥様とそのお父上と出会いました。兄はルークに戦場で生きるための術を習い、共に仕事をする仲間となりました。そして私は奥様に目をかけていただき、奥様がお輿入れの時、多少の身を守る術も身につけておりましたために、侍女としてお勤めすることになったのです」
エリス様の経歴以外はほぼ事実である。それだけに話にも信憑性がある。
「奥様がお輿入れなさる時、元々が貴族や有力者のご令嬢ではないことから、何かしらの、その、嫌がらせなどがあるかもと、奥様のお父様が私に侍女として付いてやってほしい、そうおっしゃってくださって、私はこれで命を救われたご恩返しになる、そう思ってお受けいたしました」
「そうだったのですか」
神官長もセルマも感じ入ったような目でベルを見る。
「あの」
セルマが少し迷ったようにベルに聞く。
「はい、なんでしょうか」
「そのお話はどなたかには?」
「はい、いたしました」
ベルが素直に認める。
「特に隠すようなことでもございませんし、このことにつきましては、奥様も秘密にすると誓ってはいらっしゃいませんので。この間衛士の頭の、ルギ様ですか? 色々と話を聞かれた折にも申し上げております」
「そうですか、分かりました」
エリス様が医術の心得がある、この事実をこの二人、神官長と取次役はどう受け止め、どう使おうと思うのか。もしくは使うつもりはないのか、そう思いながらベルは無邪気な顔で二人を見つめていた。
特に何も考えず、自分たちが疑われる要素になる可能性など考えもつかず、ただひたすら正直に、自分たちのことを話しただけだ、そのような顔で。
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