3 存在価値
「分かってくれたのですか?」
マユリアは確認のためにもう一度セルマに尋ねた。
「はい、マユリアの
どれほど本心かは分からないが、口に出してそう言うことに、もうこれ以上言えることはない。
「分かってくれればよいのです。頭をお上げなさい」
「はい」
セルマは言われるままに頭を上げる。
「それで、話はそのことだけなのですね?」
「あ、いえ……」
どうやらそれだけではなかったらしい。
「あの、神官長からお話がございませんでしたか?」
聞いて、マユリアは美しい眉をほんの少し歪める。
「神官長からのお話とは、どれのことでしょう?」
「皇太子殿下が、マユリアに後宮に入っていただきたいとおっしゃっている、というお話です」
やはりそれか、そしてセルマもそれに関わっているのだろう。それが不快であるかのように、マユリアは深いため息をついた。
「そのお話ならば、何度もお断りしているはずですが」
「ですが民のため、国のためです」
神官長と何か示し合わせているかのように、同じ言葉を口にする。
「おまえもそれを言うのですね」
「え?」
「民のため、国のため、と」
「はい。そのように思っております」
セルマは何の
「なぜ、わたくしが皇太子殿下の後宮に入ることが国のためなのです?」
「それは、民がみなマユリアを慕い、尊敬申し上げているからです。そのような方が王家の一員になってくださる、それが喜びでなくてなんでしょう」
「王家の血は尊い蒼い血です」
マユリアが言う。
「わたくしがマユリアとして
「いえ、そんなことはありません」
セルマが力を入れて言う。
「マユリアほどお美しい方がこの世におられるでしょうか。そのお美しさは神なればこそのもの、人に戻られたとて変わるものではありません」
セルマとしては精一杯、言葉を尽くして褒めそやしたつもりであったのだ。だが、効果としては逆であったようだ。
「史上最も美しいシャンタル」
さらりとマユリアがつぶやく。
「ええ、そうです。みなそう思っております。マユリア、あなたほどお美しい存在は他にございません」
「それで?」
「え?」
セルマはマユリアの問いの意味を測りかねる。
「それで、とは?」
「自分で言うのもなんですが、何度も耳にいたしました、その言葉」
「はい、それはみなが真実そのように思っておるからです」
「そのことに対しては礼を言います。みながわたくしを美しいと思ってくれていること」
「はい」
「ですが、それがわたくしのすべてなのですか?」
「え?」
再度セルマが戸惑う。
「わたくしもみなと同じ。もしも天寿を全うできる身であるならば、この先は老い、人の生を終える、それだけの人間です。そして老いていくと人は美しいとは言われなくなる。そうなった時、わたくしにどのような価値があるのでしょうね」
セルマには皮肉を込めた言葉に聞こえた。
「マユリアは、お年を召されても、きっとお美しいご老人になられると思います。ですから、ご心配なされることは」
「それでは」
マユリアがキッとセルマを見据えて言う。
「真実、わたくしが美しい老人になると思うのなら、今と価値が変わらぬと言うのなら、その時になってまた後宮入りのお声をかけてください」
そう言い放つマユリアの言葉にセルマは絶句した。
「今は後宮に参るつもりはございません。ですが、この先、わたくしが60、70、80の
セルマは困惑し、どう答えていいのか分からない。
「おまえの言うように、真実わたくしが『お美しいご老人』になるというのなら、美しさが普遍の価値だというのなら、それでも構いませんよね」
「いえ、それは……」
なんという無茶を言うのだ。そんなことがあろうはずがない。
「いえ、今ならまだ
急いで何か理由をと考え出す。
「皇太子殿下にはもう世継ぎの王子様だけではなく、その下にも2人の王子様がいらっしゃいます。他に王女様も。今から新しい御子が必要とは思えませんが」
「いえ、王家の血に、マユリアのその美しい血が入ることが重要かと」
「では、わたくしが子を持てなかった時はどうなります? わたくしの存在にどのような意味が?」
「それは……」
なんという傲慢な。セルマはそう思った。
ただでさえ人にはあらぬほどの美しさ。その上に神として二十八年もの間を宮に
「ですが、八年前には一度はお受けになった話ではありませんか。それなのになぜ今回はそのように頑なにお断りになられるのです」
素直な気持ちであった。今回も栄誉と受け止めるであろう、そう思っていたのになぜ。これだけはセルマの真実隠さぬ、心からの疑問であった。
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