15 選ばれた理由
「いえ、ご心配をおかけしました」
マユリアが小さな主にそっと頭を下げる。
「面白い、と申してはいけないのでしょうが、興味深い話を聞かせていただきました、とエリス様がおっしゃっています」
ベルがマユリアにそう伝える。
「ええ、本当に」
アーダもそう答える。
「八年前、私はまだこの宮に入ったばかり、まだ侍女見習いでしたが、その当時のことはよく覚えております。先代とお目通りなど望みもせぬ立場ながら、奥から漏れ聞こえてくる先達の侍女の方たちのお話では、それは素晴らしいマユリアにおなりになるだろう、とのことでした。その裏に、ミーヤ様やダル隊長のそんなご活躍があったなんて、初めて知りました」
アーダが尊敬の目で2人を見る。
「そんなことではないのです。私は偶然、トーヤ様の世話役に就いただけで……」
そこまで言って、ミーヤがハッとした顔になる。
「あのマユリア」
顔を後輩の侍女から世にも美しい女神に向ける。
「なんですか、ミーヤ」
「一度、お伺いしたいと思っておりました。なぜ、私だったのですか?」
「え?」
「どうしてまだ『衣装係』で、奥へ出入りも許されていなかった私を、カースへ同行され、そして『託宣の客人』の世話係に任命なさったのでしょう。ずっと不思議でおりました」
そうなのだ。
ずっとずっと不思議であった。
『なあ、なんであんたが世話役やってんだ?』
カースへ向かう馬車の中、本当に単なる疑問としてトーヤがそう聞いてきた時、ミーヤは頭に血が上ったのを感じていた。
どうして自分なのか?
どうしておまえなのか?
なぜおまえが?
なぜ「前の宮の者」にすぎぬおまえが?
なぜあなたが?
なぜ同僚の中で特に秀でているわけでもないあなたが?
あの日、前の宮でマユリアがお通りになるのに、廊下の端に寄って他の侍女たちと一緒に正式の礼をして控えていた。
その時、突然マユリアが自分に近寄ってきてこう言ったのだ。
『このオレンジ色の侍女をカースへ同行します』
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
言葉も出ず、驚いた上げてしまった頭を下げることすら忘れていた。
呆然とマユリアが行ってしまうのと見送ると、侍女頭のキリエが近づいてきて、
「すぐに支度をしてきなさい」
そう言われ、弾かれるように立ち上がり、侍女部屋へ戻ると荷物をまとめた。
その後、どこへ行けばいいのか分からず、尋ねるために侍女頭の執務室へ急いでいると、途中で待っていたキリエに会い、連れられてそのままカース行きの馬車の一台に乗せられてしまった。
何も聞いていなかったので、馬車の中で奥宮付きの侍女たちに色々と説明され、それを聞いていたが、その時からずっと、「どうして」「なぜ」が付いた目で見られることとなった。
カース近くのある貴族の別荘に着き、宮ほどではないが立派なその建物の一室、マユリアの控室の隣室を与えられ、何もすることなく待機を命じられた。
他の自分より経験も多く、上の役目の侍女たちからも、ずっとずっとその目で見られ続けていた。
いや、一番その目で自分を見ていたのは自分自身であったろう。
どうして私が?
あの日から八年、初めてミーヤはその疑問を口にした。
「
マユリアが謳うように口にする。
「え?」
マユリアがミーヤににっこりと笑いかけた。
「あの日、あの時、託宣があった時はまだ早朝でした」
思い出を語るように続ける。
「わたくしはまだ自室で休んでいたのですが、シャンタルの私室から連絡がありました。どうやら託宣がありそうだ、と」
マユリアの説明によると、シャンタルの託宣はいつあるのかが分からない。それで常にそばにいる者、この時は一緒に休んでいたラーラ様からその日の当番であったそば付きの侍女を通してマユリアに連絡してきたのだと言う。
「シャンタルの託宣を聞くことができるのはマユリアだけなのです」
先代のシャンタル、今はその侍女たる女神のマユリアだけが唯一の神の言葉を民に伝えることができるのだ。
マユリアは急いで寝間着の上にガウンを羽織り、シャンタルの私室へと急いだ。
今、こうして皆で話しているこの部屋の窓からシャンタルは外を見ていた。
そばにラーラ様が付いていたが、マユリアの姿を見ると譲って自分は寝室へと戻っていった。
いかに先代マユリア、先々代シャンタルと言えど、すでに人に戻った者に託宣を聞く権利はないのだ。
しばらくそうして並んで外を見てると、突然シャンタルがあの託宣を口にした。
『嵐の夜、
マユリアは驚いたが託宣に間違いはない。
そうなのだろうと思った。
「助け手」とは何かと思いもしなかった。
シャンタルが「助け手」と言うのだ、ではそれはきっとこの世界を助けてくれる存在なのだろう。
そう思った。
その時、シャンタルと一緒に窓の外を眺めていると、
「それはそれはきれいな朝陽が昇ってきたのです。きれいなオレンジ色をまとって。その色がおまえの、ミーヤの色でした」
「私のオレンジ……」
「ええ、そうです」
マユリアがにっこりと笑った。
「あの日、廊下でおまえを目にした時、この者が託宣に関係しているに違いない、一目でそう思いました。それでおまえを指名したのです」
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