6 幸せな侍女
「さあ、そろそろいいのではないですか? 教えていただけませんか?」
フウはさっきセルマにもしたように、いたずらっ子を問い詰める口調で言う。
「本当にまいりましたね」
キリエはそう言って軽く笑う。
「まいったのなら、おっしゃってくださいな。さあさあ」
「フウ」
「はい」
「私はおまえが好きですよ」
いきなりの言葉にフウが目をパチクリし、それから少し照れながら、
「ありがとうございます」
素直にそう言う。
「そして信頼してもいます。おまえになら、おそらく何を話しても後悔することはあるまいと」
「ありがとうございます」
二度目の感謝を口にする。
「ですが、それとこれとは別です」
きっぱりとキリエが言う。
「言うべきことならば、そのようになるでしょう。今は、私は誰に何を言われても言うべきことがあろうとなかろうと、何も言うつもりはありません。言えぬこととはそういうことなのです」
「分かりました」
フウはキリエのその言葉で納得をした。
「私はキリエ様、あなたを尊敬しております」
もう何度も耳にしている言葉だが、それでも直接そう言われると、それもお
「それまで家にいた頃にも、両親はもちろん大好きでした。兄たちも。それから祖父母、おじおばたち、いとこたち。それに店の番頭たちや他の者たち、たくさんの大好きな人たちが私にはおります。今も連絡を取り合っておりますし、時に面会にも来てくれます。それほど大好きで大事な人たちです」
「おまえは幸せですね」
「はい、私ほど恵まれた人間は他にいないのではないかと思う時があります」
そう聞いてキリエがまた笑う。
フウは本心しか口にしない。できないのではなく、しないのだ。それはフウ本人がしたくないから、だ。その意味ではフウほどわがまま、我がまま、自分のままでいる人間も少ないだろう。そう生きられる人間が幸せではないはずがない。
侍女という者に神秘性を見、尊敬し、そして羨む者も多い。だがその反面、女性としての幸せを全て捨て、家族とも離れ、一生を神に捧げると決めた者として憐れむ者も少なくはない。
そしてそれは事実でもあるのだろう。一般の幸せとはほど遠い者、それが侍女というものである。そしてその生き方を幸せとできる者でなくては務まらない。
だがフウは違う。フウが侍女になったのは、自分が興味を持ち、突き詰めたいと思ったのが薬の道で、その道の先に宮の侍女というものがあった、それだけである。
特に侍女でなくともよかったのだ。だから、薬草園のことを知るまでは侍女に対して特に興味を持つこともなかった。
侍女をやっているのは、好きなことをやるためだ。そのために必要だから、宮での務めを果たす。もしも他の道を見つけていたら、その時には他の道を進んでいただろう。
「ですから、本当なら、それだけでよかったのです。お勤めはお勤めとしてもちろん懸命に務めますが、もしも薬に触れられないというのなら、いつ辞めてもよいと思っていました。ですが、そこであなた様と出会ったのです。尊敬する方を見つけてしまったのです」
そのような風変わりなフウに、宮の同期の侍女たちも、その他の者たちも奇異の目を向けた。フウが特にそれを気にすることはなかったが、やはりやりにくいこともしばしば出てくることとなった。
フウはその日のお務めを終えてしまったり、空いた時間ができると、時間を惜しむようにして薬草園に入り込み、誰とも話さず、ひたすら薬草を観察して過ごすようになっていった。
そして、当時の侍女頭にそのことをたしなめられ、あまりに薬のことばかり、薬草園にばかり目を向けるのなら、それを禁止すると言われてしまった。
もしも薬草園に出入りできぬようになるのなら、もうここにいる意味はないと、辞めることを考え始めたフウのことを、理解して、侍女頭に話をしてくれたのがキリエであった。
『この者にはそれが一番幸せなのだと思います。もしも、お役目を疎かにせぬのなら、薬の研究を許してやってはどうでしょうか。おそらく宮を出てもその生き方を変えることはありますまい。それならば、このままここで好きなことをして生きていくことも運命、神が導いたこととはお思いになりませんか?』
そう説得してくれて、それ以来、仕事さえきちんとすれば好きな時に好きなように薬の研究をしてもよいこととなった。
「キリエ様にはそうして真実を見抜く目がおありです。それで私はあなた様を尊敬することなりました。もしも、ここ以上に薬の研究をさせてくれる場所ができたとしても、そこにキリエ様がいらっしゃらないなら、そこに行っても意味はありませんので行くつもりはありません」
フウは変わらぬ調子でそう続ける。
「ですから、そのあなた様が、キリエ様がそうおっしゃるのならば、もう何もお聞きはいたしません。ただ、これだけは知っていてください。事情は何も分からずとも、お使いになりたいことがあればおっしゃってください。あなた様がそこまで信頼されるあの者たちの力に、手足にいつでもなります。それをよくよく分かってください」
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