5 月虹兵付き 

「え、私が月虹兵の係にですか?」


 ミーヤが侍女見習いたちの新しい配置をセルマに届けに行った時、アーダはキリエの執務室に呼ばれていた。


「ええ、そうです。今、月虹兵の係の侍女はほぼ外の侍女に任されており、宮の中はミーヤ一人になっています。先日、偶然おまえとミーヤが一緒になる機会を得たので、そのついでと申すわけではありませんが、一緒にこちらでの役目をやってもらいたいのです」

「ですが、今、私は中の国からの方たちのお世話係を拝命しておりますが」

「分かっています」

 

 キリエは厳しくはなり過ぎず、かといって親しくもなり過ぎないように気をつけながら、言葉を続けた。


「これまで、広い客殿でのことながら、できるだけ接触する方を少なくと、おまえ一人に皆様をお任せしていたこと、負担が大きかったことと思います。申し訳ないことをしました」

「いえ、いえ、とんでもございません」


 アーダがキリエの言葉に恐縮して頭を下げる。


「エリス様たち皆様は、とても静かに問題もなくお過ごしでいらっしゃいました。私は本当にして差し上げられることも少なく、お力になれているのだろうかと思うほどでございました。決してそのように負担などと」

「ありがとう、そう言ってもらえると少しばかり荷が下りた心地になれます」


 キリエは表情を緩めて笑顔をアーダに向けた。


 アーダは他の侍女たちと同じく、侍女頭の笑顔などほとんど目にしたことがない。恐縮のあまり、どう言っていいのか分からず、言葉が出ない。


「エリス様たちの今度のお部屋の隣からは、月虹兵の控室になっています。今までの客殿とは違い、それほど広くはない一室のお世話になりますね。そうはいうものの、やはりずっと一人だけで始終気を配るというのも大変なもの。それで、今、同じく一人で月虹兵を受け持っているミーヤと、役目を分け合ってもらおうと思いました」

「ああ」


 アーダはなんとなく納得ができた気がした。例え軽い荷物だとしても、一人でずっと背負い続けるのはどこかで重さを感じるものだ。それが、もしも誰かと分け合えるのなら、たとえば一時、両方を持ってもらって背伸びをすることができるのなら、預け合えるのなら、お互いに気持ちが楽になることもあるだろう。


「エリス様ご一行は永遠にこの宮におられるお客様ではありません。ご主人がお迎えに来られてここを去られた後は、おまえにそのまま、続けて月虹兵付きをやってもらいたいのです。構いませんか?」


 この言葉にまたアーダは驚く。


『構いませんか?』


 キリエは侍女頭である。たった一言「この役目を」と命令すれば済むだけのことを、わざわざ自分に構わないかと聞いてくださるなんて。


「おまえには本当に負担をかけました。おまえさえ、元の役目に戻りたい、そう思うのでなければ、ぜひともやってもらいたいのです」

「はい、はい、もちろんです!」


 キリエにこうして優しく気を配ってもらったこと、それだけでアーダは感無量であった。


 今、宮の中は多少きしむ音が聞こえるような感じになっている。以前、確かに侍女頭はきびしく怖い存在ではあったが、横暴とは誰も思わなかった。緊張をして日々を過ごしてはいても、恐れるというのとはまた違ったと今になれば思う。


 だが「取次役」は違う。みなに恐れられている。もしも気に障ったら、どのような扱いを受けるか分からない、そんな緊張感が宮を支配している。


 もしかして、とアーダは思った。

 自分がこの役目を受けることで、取次役に目をつけられることが、悪印象を持たれることがあるかも知れないと思い、構わないかと聞いてくださったのではないだろうか、気を配ってくださったのではないのだろうか。


 おそらく、そう遠くない日にキリエは一線から身を引き、北の離宮に入ることになるだろう。年齢的にも決して遅いとは言えない。

 少なくない者が八年前の交代の後、侍女頭は交代するのではないかと考えていた。だが、なぜかマユリアが「このままキリエを」と強く主張し、そのまま続けることとなったのだ。

 中には不満を口にするものもあり、特に神殿からは新旧交代を求める声が大きく、その結果「高齢の侍女頭の役目を軽くするため」との口実で、取次役などという新しい役目が出来、セルマが権力を持つこととなったのだ。


 今だけの世話役ならともかくも、月虹兵付きとなり、この後も続けるとなると、マユリアの命で出来、その後キリエの直属のようになっていたこの係の侍女が、セルマに快く思われないだろうことは想像に難くない。

 それに、マユリアも後二年で交代するのだ、その後でもしかすると月虹兵自体がなくなってしまう可能性すらある。


 アーダも応募で入った侍女である。この先、おそらくは一生この宮で過ごし、人生を終える。その先の人生を思えば、もしかするとこの役を断り、キリエから距離を置くことを態度として見せておいた方が、賢い選択であるのかも知れない。

 

 だが、


「はい、喜んでお受けいたします。ミーヤ様と共に、月虹兵のお世話をさせていただきます」


 アーダははっきりとそう言って役目を受けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る