21 壮大ないたずら

「おまえらなあ、余計なことばっか聞くなよな」


 アロを送り出し、仲間だけになった部屋でトーヤがげんなりしたように言う。


「えーだってさ、トーヤがどんな感じだったか知りたいじゃん」

「じゃんじゃねえよ」

「いっで!」


 ベルが逃げ遅れる。


「とにかくなあ、昔のことに触れてそういや似てるとか言われるのが一番まずいんだよ。バレたらどうする」

「それなんだがな」


 アランが言う。


「侍女頭にはもうバレてんだろ? だったらマユリアやラーラ様にも言っちまっていいんじゃねえの?」

「そうだよ、なんでだめなんだよ。あの2人に知っててもらえたら、もっと動きやすくなるんじゃねえの?」


 兄妹きょうだいが口を揃えてそう言う。


「だめだ」


 トーヤがきっぱりと言う。


「だから、なんでだよ」

「あの2人の立場が分からんからだ」

「立場って、マユリアとシャンタル付き侍女だろ?」

「そういうのじゃなくてだな、知ってあの2人がどうする立場にあるか、だよ」

「わけわっかんねー!」


 ベルの口癖が久々に出る。


「それ聞くの久しぶりな気がするな」

「あのな」


 ベルが真剣な顔でトーヤに言う。


「あんまりわけわかんな過ぎるところにいるとな、もう言う気にもなんねえんだよ!」

「なんだよそりゃ、そっちこそわけわかんね、いで!」


 珍しくベルがトーヤを張り倒した。


「ずっと思ってたんだけどさ、トーヤは慣れ過ぎてんだよ」

「何にだ」

「ほれみろ!」


 もう一度ベルがトーヤを張り倒そうとして見事にはずされる。


「俺はベルが言うことも分かる」


 アランが言う。


「だから何がだよ」

「あっちでトーヤに八年前の話を聞いてからな、まるであり得ないお話みたいだとは思ってきた。そんで、気がつけばそこに巻き込まれて、俺らもいつの間にかそのあり得ないことが普通になっちまってた気がする」

「それだよ」


 ベルが大きく頷く。


「架空の奥様を作り出してな、それに乗っかるのはなんてか楽しかった」

「うん、そうそう」

「それを信じさせて、こうして宮に落ち着いて、お茶会なんぞして、そうなってやっとふっと、これってなんて状況だ? そう思ってきたな、俺は」

「うん、そうそう」

「なんてかな、ごっこ遊びしてたような、でっかいいたずらを仕掛けろって言われて、それに成功して喜んでる、そんな感じだ」

「うん、そうそう」

「トーヤはそんな扮装してるしな、なんか祭りみたいだ」

「うん、そうそう」

「おまえ、さっきからそうそうそうそううるせえ」

「いで!」


 味方と思っていた兄からの思いがけない攻撃は避けられなかった。


「これからどうするつもりなんだ? それこそ目的が宮のみんなをだまして潜り込むまで、ってのならもう大成功だ。ここから笑って逃げ出すならそれはそんでいい。だがこの先は? 目的はシャンタルから神様を抜くことだが、トーヤは場合によったらマユリアも助け出すって言ってたよな? なら、なんで言ったらいけねえんだ?」

「うん、そうそう」

 

 言っておいてベルが大きく避ける。


「なあ、一体何をそんなに恐れてるんだ? 2人が戻ってきたって聞いたら、あの人らも喜ぶんじゃねえの? そうしてシャンタルがマユリアになり、それをあの小さなシャンタルに移してそれで終わり、じゃねえのか?」


 仮面のせいでトーヤの表情は分からない。

 

「俺もアランの言う通りに思えるな」


 ディレンもそう言う。


「交代があってその間足止め食らうかも知れないが、うまいことそうやって用事を終えて、そのままマユリアとラーラ様もか? 連れ出したら俺の船であっちに連れていきゃ、そんで全部終わりな気がするな」

「だろ?」

「ああ」

「だったら、もうとっととあの2人にも本当のこと言って、それで準備させりゃいいんじゃねえの?」

「おれもそう思う」


 ベルも口を揃える。


「だめだ」


 またきっぱりとトーヤが言う。


「ことはそんな簡単じゃねえ。まだ他にも何かやらされる、きっとな」

「トーヤの勘か?」

「ああ、そう思ってもらって結構だ。シャンタル」


 きっぱりとそう言い切り、シャンタルを呼ぶ。

 シャンタルがベールを被ったまま、エリス様の姿のまま近くに来た。


「おまえ、どう思う」


 ベールの下、シャンタルは黙ったままだ。


「おまえのことだ、おまえが思うことを思うように言えばいい」


 しばらくの間シャンタルは無言で座っていた。

 残りの4人は黙ってシャンタルの言葉を待つ。


「私も」


 やっとシャンタルがそう口を開く。


「トーヤと同じ、きっとこれだけでは終わらない」


 重い沈黙が落ちる。


「今はとても楽しいね」


 ベールの下から素顔のシャンタルの言葉が流れてくる。


「奥様の振りも面白いし、さっきアランが言ったように、なんだかいたずらしてるようで、すごく楽しい」


 そう言ってクスクス笑う。


「でも」


 そう言ってまた少し沈黙が続く。


「今が楽しいから、余計に分かるんだ。きっとこれだけでは終わらない、何かある。もっと怖い何かが」

「それって託宣?」


 黙っていられないという風にベルが聞く。


「ううん、違う」

「じゃあ何?」

「シャンタルの勘、かな」


 そう言ってクスクス笑う。


「でも本当、トーヤの言う通り。今の宮は前の宮とは違うよ。何がどう違うのかは分からないけど。だから怖い」

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