16 お茶を飲む間に 

「どうぞ」

「ありがとうございます」


 赤と茶色が混じったような、光るような色のお茶をアーダがミーヤの前に置く。


「ずいぶんと変わった色のお茶ですね、初めて見ました」

「ええ、エリス様がリル島で買ってきてくださったのです」

「まあ、そんな珍しいお茶を。いいのかしら、アーダ様がいただいたのではなくて?」

「はい、ミーヤ様とまたお茶の話をできたらうれしいです。どうぞ楽しんでくださいな」

「ありがとう、では遠慮なくいただきますね」


 一緒に出したのは宮でよく食べる軽い焼き菓子だ。口に入れるとホロホロと崩れ、生地は甘過ぎず、中に入っている干した果実や木の実のほんのりと甘い味が生きる上品な味わいだ。


「お菓子と一緒にいただくと、またとてもよく合っておいしいですよ」

「ありがとう、いただきます」


 アーダはお茶とお菓子を出すと「ごゆっくり」と言って下がっていった。


「さあさあ、どうぞ遠慮なく」


 ベルがにこにことしてお茶をすすめる。


「ありがとう」


 ミーヤも笑顔で礼を言う。


 テーブルについているのはエリス様とその侍女と従者の4人だ。ミーヤはエリス様に軽く頭を下げ、中の人のことを思うが、それを顔や態度には出さないように気をつけた。下がって待機しているアーダに聞こえることはないと思うが、気をつけるにこしたことはない。

 

 あくまで今日いただきものをした侍女たちの代表、という顔で話をする。


「あのいただきもののことで、キリエ様と少し話をしました」

「なんて?」

「さっき言った通り、過分だが受け取っておきなさい、と」

「それから?」

「その経緯をお話しておきました。ベルさんとぶつかりそうになり、足を負傷されたようなので部屋までお送りすることになった、と」

「それから?」

「ベルさんと一緒にいらっしゃった仮面の方、ケガをなさってらっしゃる方にも手をお貸ししたとも」

「そうか」


 仮面の男がふうっと息を吐く。


「あくまでこっちのことは知らん顔のつもりなんだな」

「そのようです」

「あまり時間もないからな。リルと色々話したから、それ聞いてくれるか」

「ええ、分かりました」

「それからダルにも」

「はい」

「それからな、ちょっとこの部屋、豪華過ぎるから他の部屋に移りたいってまた言ってもらえるかな」

「ええ」


 そう言ってからミーヤがクスリと笑う。


「前もありましたね、そういうこと」

「あったな」

「分かりました、一応伝えておきます」

「助かる。まあ世話係のアーダにも言っておくが、あんたからも言っておいてくれ」

「分かりました、他にはありませんか?」

「あの」


 アランが横から声をかけた。


「はい、なんでしょう」

「俺、まだ自己紹介してなかったもんで。アランって言います。ベルの兄です」

「ええ、ご兄妹きょうだいなんですってね」

「ええ、どう聞いてらっしゃるか分かりませんが、三年前にトーヤとエリス様に助けられて、それから一緒にいます」

「そこは少しだけうかがいました。詳しいことは聞いてはおりませんが」

「また時間がある時にでもお話ししますが、まあ、そういうことなんです。なんか、こいつが変なこと言ったらしいんですが、すみません」


 そう言ってベルの頭を軽く小突く。


「いってえな、兄貴」

 

 ベルがいつものようのぶうぶう文句を言う。


「まあ」


 ミーヤがクスクスと笑った。

 かわいい人だな、とアランもなんとなく納得した目をトーヤに向ける。


「なんだよ」

「いや、別に? まあ時間もないことなんで今日はこのぐらいにしときますね」


 少しお茶を飲む時間だけと言ってある。あまり長いとアーダが不審に思うだろう。


「またなんとか連絡を取ります。部屋を変わったら状況も変わるでしょうし。それまではダルやリル経由と、それからあそこで」

「ああ、頼むな。気をつけてくれ」

「はい」


 ミーヤはそう言ってお茶を飲み干すと立ち上がり、


「それでは失礼いたします」


 と、丁寧に頭を下げた。


 アーダは話の邪魔にならないように、話の内容が聞こえはしないが、来客であるミーヤが扉の方へ移動すると分かるように待機をしていた。


「アーダ様、失礼いたします。お手間を取らせました、ありがとうございます」


 ミーヤはアーダの待機場所に近寄って声をかけた。


「いえ、もうよろしいのですか?」

「ええ、いただきものお礼を申しただけですし。それに」


 ミーヤが小さい声で続ける。


「キリエ様からあまり客殿の方のお邪魔をいたさぬように、と言われております」

「そうですか」

「色々と大変でしょうが、よくお世話して差し上げてください」

「はい、もちろんです」


 アーダはミーヤに丁寧に頭を下げて先輩を見送った。


 短いお茶の時間の間だけの、そして必要なことだけを他人行儀な顔で伝えあっただけの時間であった。だが、その短い時間はトーヤに温かいものを与えてくれた。


「アーダ様、ありがとうございました」


 自分の考えに沈んでいたトーヤがその声に気がついて顔を上げると、アーダがお茶の後片付けをしにきていた。


「いえ」

「おかげで楽しい時間が持てました、ありがとうございます」

「そうですか、よかったです」 


 にこやかに答えるアーダを見ながら、八年前にミーヤがこうして世話をしていてくれた時のことを、トーヤはぼんやりと思い出していた。

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